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第3話 腕白なのは当たり前

 やっとベッドから出られるようになって、俺は鏡の前に立つ。  金髪にスミレ色の瞳......日本にはあまりいないけれど、まぁ地球のどこかには普通にいるんだろう。理解可能なビジュアルにちょっとホッとする。  頭にはまだ白い包帯がぐるぐるに巻き付けられて、左腕は三角巾で吊ってる。脚にも副え木がされて包帯が巻かれている。まったくどんだけひ弱なんだこの身体。  確かにもらったシナリオではラフィアンは公爵の深窓の令息で、蝶よ花よと大切に育てられた箱入り息子、になっていた。  鏡に映る俺は色も白くて、腕も脚もすんなりと細い。 ー勘弁してくれよ......ー  確かに前世の俺は逞しいとは言い難かったが、いわゆる細マッチョだ。仕事の息抜きにジムにも通っていたし、スポーツだって嫌いじゃない。小麦色の肌とはいかないまでも、そこそこ男らしい容貌だった。童顔だけど......。    このラフィアンのキャラはとにかく『守ってもらう』のが当たり前だった。いつも誰かに守ってもらって一人じゃ何も出来ない。  『学園のお姫様』だったラフィアンが断罪されてしまうのは、ずっと周囲に頼りきりで、それを当然と思っていた甘えというか、傲慢からだった。  だから、突然現れたヒロインに取り巻き、つまりはお世話係が次々に攻略されて、何も出来なくなって腹いせにヒロインを苛めたからだ。  でも、俺は違う。共働きの両親はいつも帰りが遅かったから、自分のことは自分で出来たし、弟妹の面倒も見てた。就職して家を出ても一人暮らしになんの不自由も無かった。 ーよし、決めたー  断罪されて追放されるより前に、さっさと自分でどこかに遁走する。それには自立して生活できる体力と技がいる。 ー包帯が取れたら、筋トレだなー  この細っこい身体じゃ、庭の端までだって、歩けやしない。自活なんてまったく無理だ。 ーーーーー  ということで、無事に手脚の骨が繋がったところで、俺は走ることにした。とは言え、貧弱な身体はすぐに音を上げる。 「なんだよ、本っ当にヘタレだな.....」  芝生にぺたりと尻餅をついてはあはあ言っていると、頭の上の方からクスクス笑う声がした。  見上げると、傍らの楡の木の梢に赤っ毛の生意気そうな顔が見下ろしていた。 「誰だよ!?」  俺が睨みつけると、そいつはひどく不思議そうな顔をした。 「俺だよ。マグリット・オーウェン。お前の従兄弟だ。なんだ記憶喪失って聞いてたけど、本当に俺のことまで忘れたのか?」 「なんだ、マグか......」  俺は急いで頭の中でシナリオを捲った。こいつ、マグリットはラフィアンの従兄弟で王子が大嫌い。俺、ラフィアンが婚約者の王子に冷たくされるようになると、唯一、ラフィアンの味方になってくれる。  けれど同時に辛辣な指摘ばかりして、ラフィアンに嫌われる。いや、間違ってないんだけどね。 悪かったのは、甘ったれなこの俺。  俺の言葉に、マグリットは、ひょいと木から飛び降りる。本当に伯爵家の息子かよ、こいつ。母親の出が庶民だからって腕白過ぎないか?  でも、今の俺はこういうヤツ好きだ。 「なぁマグ、俺にも木登り教えてくれよ」  マグリットは鳶色の目を真ん丸くしたが、すぐににやっと笑った。 「いいぜ。けどその前にもちっと鍛えないとな」  その日から三つ年上の従兄弟、マグリットは俺の専属コーチになった。  そして、毎日のように服を泥だらけにして、メイド頭のタリアにふたり揃ってお小言を食らった。  仕方ないじゃないか、子どもは腕白なもんなんだから。  

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