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第41話

「まぁ気をつけるならば、あの三兄弟の場合は、除霊業を引き受けてる跡取り住職の三男じゃぁないね。友人として忠告するなら、注意順に言うと兄弟順で、長男・次男・三男だよ。ただし実害があるとすれば、筆頭は次男だ。次男はね、精神科医……なんだろうね、閑古鳥が鳴いているクリニックを経営していいるけど。だから、それもあってね、心霊現象系は全否定なんだけど――僕が知る限り、上中下で評価するなら、ギリギリ上に入れて良いレベルだ。彼はね、視えちゃうと職業的に幻覚判断で、まずいと自覚して、手でバシンと祓って、無かった事にして進んでいくタイプでね。彼のクリニックに行く少数の患者は、そのお祓い目的で通ってる憑かれやすい人々というのが実情だ。決して疲労からの抑うつなんかじゃぁない」  そう言って、夏瑪先生が再び珈琲を飲んだ。ローラは、明らかに三男の藍円寺享夜さんについて聞きたいのだろうが、別の言葉を続けた。 「へぇ。で? 一番要注意の長男は、どんなのなんだ?」 「――それがねぇ。プロ中の元プロ。今は、違うけど。何せね、国家から除霊を請け負ってた、国家公務員の除霊師だったんだよ」 「は? 何だそれ、あれか? 内閣情報調査室付属庶務零課とかいう、一般常識的には都市伝説だけど、俺達には有害な、あれ?」 「それ、だね。ちなみに、元そこ所属の人間が、この土地には、もう一人いる。そっちはプロのエクソシスト。ただ、今現在を見る限り、両者共に、お祓いといった業務にはついてないけれどね」 「テンションが一気に下がった。先に言えよ。俺ですら、あいつらは嫌いだ」 「言ったら来ないだろう?」  冗談めかして夏瑪先生が微笑した。ローラは半眼で笑っている。 「それで、話を戻すと長男は、ねぇ」 「おう」 「現在は、お寺の近所で、専業主夫をしているシングルファーザーみたいだね。失業保険でギリギリ頑張りながら、求職活動中。奥様を亡くされてね。怪異で。職場結婚だったようで……それもあるのかもしれないが、今後一切、オカルト現象とは関わる気が無いようだよ。だから、見ても何事も知らんぷりだね」 「有難い話だが、不憫だな。ご冥福を祈る程度の気持ちは、俺にもある」 「私にもある」  少しだけ、しんみりした空気になった。それから、気を取り直したように、ローラが本題を切り出した。 「――あ、で、そ、そう。最後の三男は? 念のため、な」 「ああ、享夜くんかい? 上中下だとギリギリ中かなぁ。何せねぇ、視えないからねぇ、彼は。どちらかというと、僕から見ると、彼のようなタイプは、被害者である事が多いよ。だからローラも、彼から危害を加えられる事は無いんじゃないかな? 心配は不要だ。逆に、君が喰べる側に僕には思えるね」  的を射ている。僕は、何とも言えない気持ちで、自分の珈琲を飲んだ。 「ふぅん。そいつは、最近は、何やってるんだ?」 「最近? 特に変わった話は聞かないけれどね――……あ、けれど、そうだ、彼がという話ではないんだけれどね、前々から噂になっていたお化け屋敷が一軒あってねぇ。先日、テレビの取材が入ってから、賑々しくて、近隣住民にまで霊障が広まっていてね。大学にも要請が来ているから、多分、藍円寺にもお祓い要請が行っているはずだ。あそこは、元々は普通の民家なんだけど、私から見ても非常に危険性が高い。単独除霊は危険で、浄霊が可能かも現時点では不明だ。最悪、周囲に結界を展開して封印終了とするしかないだろうね。これまでも、そうなっていたんだけれど――無駄にテレビの連れてきた霊能力者が破ってしまったみたいだよ。そのタレント霊媒師が、玲瓏院出自の芸能人と顔見知りらしいから、これに関しては、揉めたくないって事で、玲瓏院家は動かないみたいだからね。分家とはいえ、玲瓏院筋の藍円寺家には、それとなくではあるだろうけれど、玲瓏院側からの依頼もあるかもしれない。本家だからね、断れないと思うよ。分家と本家の力関係が根付いている土地でもあるしね」 「へぇ。それ、その話、いつくらいからなんだ?」 「さぁ……そうだねぇ、もう二ヶ月くらいには、なるんじゃないかな?」  僕は、藍円寺さんが来なくなった期間と、ぴったり一致している事に気がついた。  ローラを見ると、あからさまに安堵している。  良かったなと僕は思った。別にローラの変態行為に気づいたとか、ローラが嫌いになったとか、お店が嫌いになったとか、マッサージが不要になったとかでは、無かったらしいからだ。 「もっとも、この土地に、玲瓏院結界がある限り、どんなに広まろうとも、この地方都市で心霊現象は完結するからね」 「――ああ。まるで蠱毒の如しだよな。一度入ると、弱い奴らは、外に出られないからな」 「ああ。時の偉人に評価されたという逸話の頃――……あれは遡ると鎌倉時代となるんだけれどね、この土地に霊を集めて、定期的に一斉浄化をするようにしたみたいだね」 「で、現地の人々は、生まれつき耐性が比較的高くなっていき、霊能力者も多く――結界なんて気にせず出入り自由の俺達からすれば、美味しい餌場と化してるわけか」 「そうなるねぇ」  そんな事情があるのかぁと、僕は一人、心の中にメモした。  僕には、結界があったなんて、全く分からなかった。  事前に注意が無かったのだから、ローラがこういった関連を僕に言わない場合、僕には問題が無いと判断して良い。いついかなる時であっても、ローラは、危機回避はしてくれるからだ。それが、僕がローラと一緒にいる、一番の理由である。  ――一人だった時の事は、あまり思い出したくは無いが。  僕は、どちらかといえば、迫害されてきた妖怪だ。人間を襲った事は無い。  その後、雑談をして、夏瑪先生は帰っていった。  それを見送ってから、僕は、スッキリとした顔をしているローラに声をかけた。 「良かったね」 「ああ。友達に会うっていうのは、楽しいからな」  こうして、その日は暮れていったのだった。

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