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第53話 黒猫⑤

「終了です」  いつもの通り、肩をバシンと叩かれて、俺は我に帰った。  また夢を見ていたように思うが、それがどんな内容だったかは思い出せない。 「またのご来店をお待ち致しております」  そう口にしたローラに見送られ、俺は店を後にした。  しばし歩いた時――不意に、優しい声音が響いてきた。 『俺も好きだ。二度目は――』  確かにローラの声だった。これは、何だろう? 「いやいやいや、俺ってまさか、恋煩いが酷すぎて、妄想か? 幻聴か?」  焦って、一人恥ずかしくなり、片手で唇を覆う。  再び赤面した自覚があるので、長めに目を伏せて瞬きをした。  次に目を開けると、マッサージに出かける前にも俺の前を横切った黒猫が、再び俺の前を横切った。  その猫は、歩み寄ってくると、俺の指先にキスをした。それを見ていたら、この猫は世界で一番俺のことが好きだからキスをしたのだなんて、馬鹿げたことを考えてしまった。キスをしたからといって、世界で一番好きだという証明にはならないはずなのだが……そう感じてしまったのだ。恥ずかしくなりつつもこれはしっかりと猫を見た。  するとそのどこか紫味がかかって見える瞳が……よく見ると、ローラにとても似ている。緑色だと理解しているのだが、どことなく菫のような色彩の光が入り込んでいるように思える。 「やっぱり、可愛いな」  屈んだ俺は、それから猫を暫しの間見据え、その後、空を見上げた。  真っ青な空は、快晴だ。 「いつか、ローラに告白できたらいいのにな」  そう無意識に呟いた時、何故なのか告白した自分の姿が脳裏を過ぎったが、そんな現実は存在しない。  ――この時の俺は、まだ、ローラが人間であると疑っていなかった。

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