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第1話 変わらぬ日常
繁華街。
何十年も昔は、男や女とはっきり別れたターゲット向けに風俗として営業をしていたらしいが今は違う。
α 、β 、Ω と言った第二性が生まれてからは更に複雑になり趣向も多くなっていった。
αはエリート体質で体格も大きくなりやすい。
βは超普通。どっちもいける。正直俺は1番βが羨ましい。
そしてΩ。発情期があって、支配される側と言うレッテルが貼られている。
最近はだいぶ世の中も寛容になってきたけど、やっぱりΩへの差別や冷遇は免れない。
その中で俺は”Ω“と言う性を利用して、セックスショーのキャストとして働いている。
体を上手く使えば、Ωだって金に困らない。
そして俺はショークラブの中でも人気の高い有名店で、売り上げNo. 1の売れっ子キャストだ。雑誌にも掲載されるほどで、今やその辺のαよりも収入は上だろう。
俺が働くクラブ、デルタはいつも賑わいを見せている。
「嶺緒 ちゃん〜、新人さん来たから教育してあげてー。」
俺を“ちゃん付け”で呼ぶのはここのオーナーの町田さんだ。β性の女性で、かなり頭のキレる俺の上司だ。
「はいはい。今行くよ。」
”教育“とは所謂、ショーでどんな風にセックスを良く見せるかの教育。
タチをやる側もネコをやる側も、客を興奮させるのが仕事。興奮させる為には多少の演技も必要だ。
休憩室から出ると、丁度裏口からオーナーに案内されて新人が入ってきていた所だった。
「今日はこの子ね。松浦 雪 くん。Ωの子よ。」
オーナーの隣に立つ新人が、もじもじと恥ずかしそうに俺の目を何度も背けたり合わせたりしている。
「俺は白川嶺緒。俺もΩだよ。よろしく。」
手を差し出すと興奮気味に俺の手を両手で挟むように握手をする。
「あ、松浦雪です!実は、白川さんの写真集見て...すごく魅力的だなって思って、前から気になってたこの仕事を始めようと思いました!今日はよろしくお願いします!」
全力で下げる頭の上で、オーナーと目が合うと、オーナーはグッと親指を立てる。
オーナーのこの仕草は、『この子に期待している』と言うサインだ。
最近俺がメディアに露出したのをきっかけに、『白川嶺緒と働きたい』と大した覚悟もなく面接にくる連中が多いらしい。
しかしこの業界は快楽だけでやってける世界じゃない。普通の人間には感じないストレスが必ず付き纏う仕事だ。
今日は『この世界で生きていける人間か』俺がそれを判断する。
「ん。じゃあ行こうか雪。」
自分よりも小さな体の雪の肩に腕を回す。
雪は緊張気味に「はい!」と答えるとジト目のオーナーが雪が見えないところで口パクで話しかける。
『お・と・す・な・よ!』
疑わしい顔で見るオーナーにひらりと手を振る。オーナーの『落とすな』ってのは『惚れさせるな』って事だ。
初めの研修で必ずセックスをするが、それで落ちて、惚れた腫れたで仕事にならないやつも多くいる。
他のキャストと組めなくなると、ここでは仕事ができなくなる。
「あ、あの、ほんとにΩなんですか?嶺緒さんって。」
雪が恐る恐る質問する。
この手の質問は何万回も受けた。
何故かって、俺がΩにしては図体もでかければ顔もそこそこいい方だからだ。
αは生まれながらにエリートで顔も良ければ図体もデカイ奴が多い。
αとΩじゃ平均身長が8cmも違う。
そんな中でも俺は182cmだ。Ωにそういる身長じゃない。
自慢してるんじゃない。本当になんでΩに生まれついて、こんなにαのような見た目をしているか自分でもよくわからない。
「ほら。証明証。ほんとだろ?」
国から発行される証明証には血液型や第一性第二性など、病気や怪我があった時などに役立つ情報が記載されている。
カードを見せると、はっきりとΩの表示があるのを雪が確認する。
「うわぁ、ほんとだ...。研修でαの方が担当だったらどうしようかって、ちょっと心配だったんです。」
俺達Ωはαに頸を噛まれれば強制的に番になってしまう。番になれば、番のα以外での性交や恋愛が難しくなる。
その為、番を解消された時の弊害は圧倒的にΩの方が大きい。Ωは日々、望まない番の関係を結ばないようにビクビクしながら生きている。
雪のこの言葉も、その社会的な問題が露骨に現れた言葉だった。
「うちは研修はβかΩだし、ショーの時はΩは首輪付き、αは口枷付きで出るから問題ないよ。帰る時もΩはβかαの同伴で帰るしね。」
微笑んで見せると、緊張している雪の表情が緩む。
「よかった...!」
そう微笑む雪の腰に手を回すと、雪が緊張したように体を固くする。
そんな雪の緊張を解くように笑顔を向けると研修室へと2人で入った。
研修室は、豪華なラブホテルくらいの広さがある。オーナー曰く、ここで働くなら雰囲気が大事だとか。
たかが研修だけど、仕事で使う衣装も、道具も、全てここに揃ってる。
雪が驚いたように見渡すと、俺がベットまで手を引く。
俺たちの舞台はこの部屋の何十倍もある広さの舞台でショーをする。
セックスショーにしては最大規模の箱だ。
このくらいの広さでのセックスは自ずと徐々に慣れてくる。
「先に堅苦しい話を終わらすよ。その日パートナーになった相手の事は恋人のように思うんだ。ショーではセックスをするんじゃない。セックスを“魅せる”んだ。快感に負けてトんでもいけないし、魅せることを忘れてもいけない。」
「はい。」
と、真面目な顔で一生懸命聞く。
「ショーには時間制限がある。イくのもそれなりに制御できないといけない。早くイきすぎるのもイかずに終わるのも良くない。早くイったとしても、そのあともう一度イければ問題ない。飽きさせない見せ方をできればいい。」
「...はい。」
雪が不安そうな表情に変わっていく。
そりゃそうだ、イくタイミングを始めっから合わせるのは難しい。
「大丈夫、最初はタチが上手い奴としか表に出ない。上手いやつはイくタイミングを図ってくれる。俺と、あと泉ってβが慣れてるから。最初は大丈夫だよ。」
「ありがとうございます...!」
優しく雪を撫でると、雪は撫でる俺の手を気持ちよさそうに受ける。
「今日は俺が雪の恋人だから。」
撫でた手でそのまま頬を撫でると、顎を掬い上げるように唇を付ける。
すると、まるで花でも添えたようにふわりと甘い香りが漂う。
この匂いはΩ特有のフェロモンだ。
キスをしただけでフェロモンが出るとは、セックスの才能がある。
フェロモンはヒート時のみに出るΩが大半だ。
通常のセックスの時にフェロモンが出るΩがいても、相手がαの場合ばかりだ。
雪はΩの俺相手でもフェロモンが出せる。フェロモン自体に催淫作用がある為こういったショーでは必要な才能だ。
とろりと溶けたような表情を見せる雪を狼が噛み付くようにキスをする。
「んぅ...ふぁ...ぁん。」
唇を離す度に声を漏らす雪をベットに押し倒すと、下腹部に手を滑らせる。
前から後ろへ指を滑らせるとピクリと雪が小さく跳ね、恥ずかしそうに手の甲で顔を隠す。
後ろの窪みに指を充てがうと、ぬるりと指に潤滑油となる体液が絡みつく。
濡れるのも早い。感度が良い証拠だ。
そのままゆっくりと窪みに指を押し入れていくと、止まる事なくすんなりと指を飲み込んでいく。入れた指をくいと曲げると、前立腺があるであろう膨らみに指をかけぐいと引っ張る。
「ふっあぁっ!!」
突然の快感に声を上げると遅れたように腰がビクビクと跳ねる。
「エっロいなぁ、雪。もうこんなに濡らして...自分でお尻触るの好きでしょ...?」
先ほどまで雪の中に入っていた指が、いやらしく垂れた体液で光沢を帯びているのを見せると、見下すように笑みながら体液を長い舌で掬うように舐めとる。
その様子を見ていられないと言うように雪は目を逸らすも、身体は尚熱く細かい震えと浅い息に支配されていく。
舐めとった体液が口の中で糸を引いたまま雪と舌を絡める。
同時に、俺と雪の唾液が混ざり合い仰向けの雪の頬を混ざった唾液が伝い落ちた。
キスを終えると口から漏れた唾液が俺の口の端を流れ落ち、舌で唾液をぺろりと舐める。
「うぅ...エッチです...それ...。」
俺の表情を見て赤く火照った雪の両腕を引いて身体をおこす。
「ショーを見にくるのは変態ばかり。俺や雪のこう言う顔や仕草を客は観にくるんだよ。」
そう言って顎を指で挟み込むと、雪がそっと瞳を閉じて唇に触れられるのを待つ。
触れるだけのキスをするとにっこりと雪に微笑みかけた。
「大丈夫まだ終わりじゃないから。2回イくまでが研修だからね。」
雪は顔を真っ赤にすると慌てて俯いた。
「そ、そんなに求めてるような顔してましたか...?」
モジモジと太ももを閉じ擦り合わせる。
「まだやめないでって顔してたね。」
言葉を発しながら、セックスの為に上着を脱ぎ去ると雪が目を背ける。
「これからずっと裸見ることになるんだから、これくらい見慣れておかないとね。」
続けて全て脱ぎ捨ててベットに座ると呆気に取られている雪を抱き寄せる。
「うわっ...嶺緒さん...!」
「雪も脱いで。」
雪の服をめくり上げると、欲しくて色の白い肌が露わになる。
脱がせた服をベットの下に投げ捨て、肌を合わせる。雪の胸にキスを落とすと薄い胸板から心臓の跳ねる感触を感じる。
「っ...はぁ...はぁ...。」
先程まで落ち着いていた雪の息が鮮明に聞こえ始める。ゆっくりと雪の下着を下ろすと、胸から臍にかけて口付けを落としながら、下腹部へと唇を移していく。
「うつ伏せになって、お尻上げて。」
ゆっくりと身体をベット側に倒すと、大人しくお尻を上げた。
「トロトロになってる中見せてよ。みんなに見せるように。」
ヒクヒクと震える窪みを両手で開くように見せると、色っぽく濡れた穴からとろみのある透明な液が流れようとする。
「み...見ないでください...。」
絞り出すような声の雪。だがこのくらいは当たり前にしなければならない事だ。
「こうやってお尻を上げてみんなに見えるようにしてあげないとね...。俺も雪が気持ち良くなれるように雪の中を弄るからさ。」
下から腹部を嶺緒が押し上げ、恥ずかしい格好でお尻を開かせると、あからさまに音が鳴るように指をかき回す様に入れる。
「っあっあっあぁっ...あんっうっうぅ。」
空気と水音が混じったようにいやらしい音が部屋に鳴り響くと共に、自然と声が指の動きに合わせて出てしまう。
「いつも触ってるのはココだね?」
さっきも押した前立腺をしつこく指先で擦ると、四つん這いになった雪の背が波打つようにビクビクと跳ねる。
「あっあっ...!そこ...そこすきぃ...。」
こぼれ落ちそうなほど溢れた雪の愛液を後ろの穴に舌を這わせて舐めとり、空いた手で雪のモノを扱くと、腰が不安定に震え始める。
「あぁっやっぁぁ、舐めな、でっ...んんぅ!」
(もうそろそろイきそうだな。でも前立腺でイかれちゃ困るなぁ...。)
指をぐりぐりと動かしたまま嶺緒は悩むと何か思いついたように指を引き抜いた。
突然止まった快感に戸惑う雪の股間に自分のモノを擦り当てる。
「エッチな雪見たら勃っちゃった。イれてもいい?」
こくこくと首を上下に頷く雪を見て、嶺緒はゆっくりと硬くなったモノを押し入れていく。
触った感触でかなり濡れている雪の中に挿れるも中の肉壁が上手く押し広がらない。
「っ〜...キッツ、もしかして指以外挿れるの初めて?」
「ッ指でしか...んぁ...や、ば...。」
振り返ってキスを求めて舌を出す雪に応えるように舌先をから口内へと包み込むように舐めとる。
入りきらないモノの先を浅い所で揺らすと、簡単に雪のモノからぽたぽたと透明な糸が垂れ落ちていく。
「ふあぁあっ...ソコダメです...っ...もう...っ!」
「とりあえず1発イっとこうか。」
グッと持ち上げるように腰を浮かすと雪の前立腺に嶺緒のモノが食い込んだ、と同時に雪が大きく震えて一気に白い液を吐き出した。
「ッあぁッ...!!!」
全身の力が抜けたようにベットに崩れ落ちる雪を哀れに思いながらも抱き起す。
「っーはぁーっ...はぁーっ...。」
深くゆっくりと息をする雪と焦点が合わない。
(次イかせたらトんじまうかな...。)
不安を胸に時計を見ると時間が押しているのがわかる。
俺はこの後ショーの準備もあるし、雪のためにゆっくりと手解きをしてやる時間は無かった。
「雪、あと一回耐えてね。」
半ば無理矢理雪を俺の上に跨らせると、先までしか入ってなかった嶺緒のモノが奥までしっかりと入る。
それだけでも苦しそうな表情をする雪と唇を合わせ、痛みを紛らわせようと抱き合ったままナカを突き上げる。
「んうーーっ!!んっ!!うぅっ!!」
唇を合わせ舌を絡めるも雪の舌の動きが鈍くなってくる。
下に集中しすぎているんだ。快楽に負けそうになっている。
おそらく初めて、子宮口を突かれてるんだ。
Ω特有の子宮口を突くには自分の指だけじゃかなり厳しい位置にある。
そして一度も子宮口でイったことない子がイク時は大抵意識がトぶ。
でもこの研修で経験しておかなければ、本番で意識をトばして大騒ぎだ。
良い経験良い経験...。と言い聞かせながら限界に近い雪を突き続ける。
「雪っ...これで終わりだからっ...。」
もう少し意識を保ってくれと願うように、俺の上で腰を跳ねさせる雪の両手を握る。
「アッ!アッ!...も、ムリっ!!んぁっ..!!」
段々と雪の声が喘ぎから叫びに近くなってくる。
「イくッ...!!出るッ....!」
余裕のない雪がまた大きく仰反ると、吐き出された液が俺の胸から顔まで点々と飛び散る。
その液の上に雪が力なく倒れ込んできた。
目を閉じて深く息をする雪。
「雪、雪...?起きてるか?雪?」
身体を起こして倒れ込んだ雪を仰向けに抱くと雪が上下する胸を落ち着かせながらゆっくりと目を開ける。
「ぼく...ここ居られますか...?」
快楽と激しい運動で朦朧としながらも雪は自分が辞めさせられないか心配していた。
「大丈夫だよ。これから頑張ろう。」
ぎゅっと抱きしめてやると安心したように雪は自分で身体を起こした。
「僕、嶺緒さんの事....好きになっちゃいそうです....。」
汗と潤んだ瞳でぼろぼろの雪がヘラと笑うと、俺の首に腕を回して絡みつくように唇を奪う。
「ん...!ゆき...っ!」
咄嗟のことにかわすこともできずに受け入れると雪は今日の研修でも見せなかった長くてクラクラするようなキスをした。
「っぷは...!いきなりはズルいぞ。」
ムッと雪を見ると少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「えへへ...なんか止めらんなくて....。」
このまんまじゃオーナーに怒られるだろうな...とふと時計を見ると予定の時間を少し過ぎていた。
「やっばい、時間が押してるっ!早く着替えねーと。」
ベトベトのままの雪を風呂場へ連れていくと急いでシャワーを浴びて持ってきていた着替えに着替える。「洗濯機そこね。」と軽く案内を済ますと脱ぎ捨てた服を乱雑に纏った。
「俺はこのあとショーがあるけど、雪は観て行ってもいいし帰ってもいいからね。」
バタバタと着替え終わると、雪の頬にキスをする。
「ごめんね雪。研修はこれで終わりだから。」
2人で髪が濡れたまま研修室から出ると、丁度他のキャストが出勤する時間と重なっていた。
「やっほ〜嶺緒、今日はよろしくね〜。」
金髪のふわふわした天然パーマの男は俺のパートナーの長瀬 泉 。俺はこいつと一緒にショーに出る事が多い。
「あぁ、よろしく。」
俺と雪の濡れた髪を見て状況を理解した泉は雪に手を差し出した。
「僕、長瀬泉。多分嶺緒がいない時は僕と一緒になると思うから。宜しくね?」
泉が優しく微笑みかけると、雪は疲れでぼうっとしながらも嬉しそうに手を握った。
「僕、松浦雪です!宜しくお願いします!」
頭を下げた雪に笑顔の泉は「嶺緒とのエッチ、どうだった??」と囁き声で当たり前のように投げかけてくる。
「おい!聞こえてるぞ。」
俺が止める間もなく、雪の顔が真っ赤になっていく様を横で見ていると雪が小さな声で答えていた。
「よかったです...めちゃくちゃ...。好きになっちゃいました。」
赤面しながら答える雪を横目に、泉は嬉しそうに大笑いすると聞きつけたオーナーが事務所から飛んで出てくる。
「やっば...!泉!嵌めたな!!」
鬼の形相のオーナーが走って向かってくる。
「嶺緒ーーー!!!あんたまた新人誑かしたんでしょー!!!」
逃げようとする嶺緒の服のはじを思いっきり掴むと、オーナーはいつの時代のヤンキーかと思うほどの近さで俺に捲し立てる。
何も知らない雪がキョロキョロと混乱したように周りを見ているのを、泉は優しく事務所内をエスコートしながらその場から逃げていった。
「おっつー、アレまたキレられてんの??(笑
ウケるー。」
「ウケるー。」
と、新たに出勤してきた2人はうちのキャストの中でも珍しい夫夫でキャストをしている井上辰公 と元親 だ。αとΩの夫夫で、長い付き合いのキャストだ。俺はタツとチカと呼んでいる。
「辰公、元親、今日もよろしくね。」
服を掴んだままのオーナーが俺に向けていた、怒りの形相を笑顔に切り替えると辰公と元親に笑顔を向ける。
「勘弁してくれよ。俺も準備で忙しいのにさぁ....。」
俺がオーナーを迷惑そうに見やると、さらに機嫌悪そうに眉を顰めて胸ぐらを掴まれる。
「なーにが準備よ。さっきまでお楽しみだったじゃない人誑し。」
「人誑しって...。」
そう言う仕事じゃん。と内心言い返したい気持ちを抑えて説教を静かに聞いていると、辰公とチラリと目が合う。
深妙な面持ちの辰公がアイコンタクトで『来い』と言っているような姿に頷きで返す。
何の話があるのか、辰公は元親の額にキスをすると「ちょっと話してくる。」と事務所の倉庫へと消えていった。
なんか俺辰公に悪いことしたかなぁ。と悶々と考えているとオーナーのでかい声が俺を現実に戻す。
「聞いてるの!?嶺緒!」
「ごめんごめん!気をつけるから!」
ムーっとしたオーナーの肩をぽんぽんと叩くと、後ずさる様にその場から離れる。
やっと終わったとため息をついて、辰公の居る倉庫へ入ると辰公が換気扇の下でタバコを吸いながら思ったよりも真剣な面持ちをしていた事で不安が募る。
「タツ?俺になんか用?」
恐る恐る訪ねる。全然心当たりないけど。
「お前、次の発情期いつ?」
「え、1週間後だけど。なんで??」
白い蛍光灯が薄く照らす倉庫の中を見渡す。
Ωにとっての発情期は身の危険を感じる時期だ。
そのフェロモンの作用によって、番を求めていないαさえもΩのフェロモンには抗えない事が多い。
それなのにαの辰公にこんな質問されたらいくら同僚とは言えちょっと身構える。
「お前、発情期の時の匂いがするからさ。」
辰公の言葉に心臓が跳ねる。
そういえば少し体調が良くないような気はしてたけど、気にならない程度だった為発情検査をしていなかった。
「マジ?今日の新人ちゃんの匂いじゃなくて?」
くんくんと自分の服を嗅ぐ。
匂いに関しては自分じゃ気づけない。
しかも今回は1週間後が発情期の予定だったのに、あまりにも早すぎる。こんなにズレることは今までない。
辰公の言葉を疑うように聞いた。
「お前の匂いだよ。何回も嗅いでるからわかる。」
辰公は元親と番だけど、だからといってαの辰公が元親専用のαになったわけじゃない。
Ωは番だけにしか発情しなくなるって言うのに、αの辰公は俺が発情すれば、その本能を止められないかもしれないのだ。
だからこうやって事前に忠告してくる。
愛する元親との絆を壊さないように。
αも一苦労だ。
「試しにちょっと触って見てくれない?」
αに触れられればわかる。
何もなければ発情期じゃない。
異変があれば、発情期に入ってしまっていると言うことだ。
「はぁ...マジかよ。一瞬だぞ。」
そのことを理解した辰公が嫌そうに大きなため息を吐くと、渋々俺の首筋に手のひらを充てがう。
「ッ....!!!」
辰公の冷たい手の感覚を感じたその瞬間に全身の血が沸るように心臓が早まり、辰公の手がとても熱く感じた。
辰公の手を慌てて振り払うと呼吸が乱れ、自分の心臓の音が耳から聞こえてくる。
「...!?っおい!嶺緒!」
「大丈夫...!でも、言われた通り発情期来てたっぽい....。ありがとうタツ。俺、部屋戻るわ。」
心配そうに見る辰公をこれ以上近づかないように止めると、ポケットから常備していた抑制剤を水も含まずに無理矢理飲み込み、熱った体を抑えて待機する為の休憩室へと足を早めた。
すれ違う元親が不思議そうに俺を見ると、後から出てきた辰公が元親の腰に手を回して。「何もないよ。」と頭にキスを落とした。
辰公を置いて部屋に戻ると泉がのんびり横になって休憩していた。
「あ、嶺緒!嶺緒の分の準備もしといたよ!あと雪ちゃん今日ショー見て帰るって...あれ、嶺緒具合悪い?」
俺の血の気が引き始めている顔を見て泉が近寄ってくる。
俺の額に手を当てると「熱はなさそうだね。」と心配している様子だった。
(やっぱりβの泉には初期の発情期の匂いはわからないか。)
知らないでいてくれる事の方が自分の中の不安が薄れる。
「泉、膝貸して。横になりたい。」
「え?うんいいよ?やっぱ体調悪いんじゃん。大丈夫?」
泉が礼儀正しく正座をする膝に頭を預ける。
大きく深呼吸をすると、体の力を抜いていく。
「なんか、発情期きてるっぽくてさ、あと1週間後の筈なのに...。変だ。」
薬が効くまで熱っぽい症状に悩まされる。
熱い額に冷たい手の甲をかざすと天井のライトも遮るように手のひらを広げる。
「今日のショーどうする?休む?」
「休んだことないんだよ俺。休むわけねーじゃん。」
ヘラと笑ってみせると泉が俺の頬を鷲掴む。
「ねぇ嶺緒、ちゃんと休まないと本当に倒れちゃうよ。」
子供に言い聞かせるように優しく低い声で叱りつける泉に俺はめんどくさいと言わんばかりに目を逸らす。
泉は俺の頬をぐいーっと横に引き伸ばして、仕返しをした。
「せめて、今日のネコ役僕がやるからさ、それだったら少し楽なんじゃない?」
「いや、客は俺が今日ネコだって思って来てるんだ。今更変更できないよ。」
Ωにとってのネコ役はタチよりも体に負担がかかる。でも俺は絶対に客を落胆させるようなことはしない。ここに入って4年、俺の出るショーが中止になったことはない。
「よし...着替えるか...。うおっ...と」
立ち上がると、横になっていたせいか、軽い目眩で身体がふらつき泉が咄嗟に支えにくる。
俺の体を支える泉と目が合うと、俺たちは示し合わせたように互いに目を瞑ると唇を合わせた。
「んっ...。」
先程までの発情の余韻で僅かな刺激も甘美に感じる。泉の舌が口内にぬるりと侵入してくるのも、快感として身体が処理していく。
するりとお尻を撫で下着に手を入れようとする泉の手首を掴む。
「っ...泉、ちょっとがっつきすぎだ。この後どうせヤるんだから我慢しろよ。」
掴んだ手首を無造作に離すと、泉は叱られた子犬のように眉を垂らして謝る。
「ごめん...なんかしおらしい嶺緒が可愛くって...。」
「あ?やめろよ、しおらしいとか...。ほら着替えるぞ。今日のは時間がかかんだから....。」
泉のお戯れが終わったところで、スタッフを呼ぶと、ショーの為の衣装を人形のように丁寧に飾られていく。
うちのショーはノーマルなセックスのショー以外にも、コンセプトショーなど、客を飽きさせない演出が多く盛り込まれる。
今日はコンセプトがある為衣装を着て化粧もするし髪飾りも付ける。
どうせ脱がされるのに、丁寧に着付けていくのが少し面倒に感じる。
こんな大掛かりな舞台だ。衣装も化粧も専属のスタッフがいる。
今日は俺と泉の後に辰公と元親のショーがあるが、年1のイベントなどになるとうちのキャスト総勢約30名が出てきて圧巻のショーを見せることもある。
着付けが終わると、漢服に身を包んだ自分が別人のように鏡に映る。
髪も長く、まつ毛も女性のように長くされており、スタッフが口々に「綺麗ですね。」と声を漏らした。
赤い口紅が真っ白の漢服と肌に華を持たせる。
「こんなでかい男にもプロの手が掛かればこんなに変わるんだね。」
ふと笑むと、奥で着替えていた泉が黒い漢服で現れる。
「馬子にも衣装じゃん、泉。」
意地悪を言って泉を悲しませてやろうとふざけたつもりが、泉は俺の姿を見て惚けたまま俺の声が届いてないようだった。
「綺麗だよ嶺緒。別の国の王子様みたい。」
衣装で着飾ってスイッチが入ったのか、美しい立ち姿で綺麗に歩く泉は俺の肩に両手を置くとそっと顔を近づける。
その場にいた誰もがキスされると気づく。
俺の赤い口紅が泉に付けば、また泉の化粧を修正しなければいけなくなると、スタッフ達が慌てて俺と泉の間に入ろうとし、「泉さんストップストップ!!」と声を荒らげる。
泉はハッとしたように顔を止めると小さな声で「あっぶな....。」と気まずそうに眉を下げ顔を赤らめた。
寸前で止まったキスにスタッフたちも胸を撫で下ろす。
「泉お前、ショー前の切り替えは袖でやれって言ってんだろ!」
泉の悪い癖だ。衣装を着るとスイッチが入る。
だが直前で着ると、開演時間にずれが出る可能性がある為泉がこの癖を上手く調節するしかない。
ショー前の撮影とカメラの入りがある為衣装も化粧も崩せない。
ピクピクと怒りで皺がよりそうな眉を必死に笑顔で抑えると「後で覚えてろ泉。」と怒りを発散する様に泉を脅した。
「もうすぐお時間です。」と呼びにくるスタッフに連れられて舞台袖まで動きにくい衣装で移動する。
袖の隙間からチラリと客席を見ると、ど真ん中のターンテーブルの上に天蓋付きの薄いレースの広いベットが用意されており、その周りは近くでみたい客でひしめき合っていた。
椅子のある席も満員御礼と言ったところで、1番後ろで立ってこちらを見ているのは雪とオーナーだった。
「泉、雪が見てる...!」
司会がマイクで話す中、袖で小さな声でこそこそと話す。
「言ったじゃん...!今日は雪に目線送ってあげよう?」
「そうだな、雪が釘付けになるようなショーにしてやろう。」
2人でニヤリと笑みを交わす。
司会の声と共に会場の一切の音が消える。
ざわざわと上がっていた声も一瞬で消える。
舞台の上が綺麗な光が満月の夜の様に青く薄く照らされるとサーっと流れるように開いた幕の袖から泉が先に舞台上に出ていく。
泉の声と共にこの衣装の雰囲気に合った音楽が流れると、俺も舞台へと足を踏み出した。
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