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第2話 No.1とonly one
αなΩとΩなα #2
「見てなさい、雪。これがうちのナンバーワンキャストよ。」
オーナーが舞台から1番遠い壁際で雪と並んで舞台を見つめる。
先ほどまでキャストの名前を叫んでいたファン達が、躾けられた様に静まり返る。
これから始まるショーの空気に、客も雪も飲まれて一つになると、「いよいよだ。」とごくりと息を呑む。
ショーの一番の人気キャストである白川嶺緒が誰もが想像しない美しい姿で登場すると、その場の空気や視線息遣いまで全てがこの白川嶺緒が支配しているように魅了して行く。
泉が嶺緒に手を差し伸べると、恭しく指先まで美しい手を重ねた。
美しい刺繍の袖で顔の半分を覆い恥ずかしそうに俯く嶺緒が目線を客席に配ると、雪とバチっとあった目を逸らさないままベットへと誘われていく。
「僕いま、嶺緒さんと目が合いました...!」
嬉しそうに話しかける雪を見てオーナーは「あぁまたファンを1人作ってしまったか、あの男は。」と笑みをこぼした。
ベットの外で泉が嶺緒の服に後ろから手をかけると、肩からするりと落とす様に一枚一枚綺麗に重ねた服を脱いでいく。
最後に一枚ストンと落ちると、綺麗な白い肌にくっきりと彫られた溝が影を落とす。
優しくその白い胸板に触れると、手のひらの感触を感じる様に天蓋を仰ぎ見る嶺緒の頬に両手を優しく添えた泉が唇をつける。
誘う様に嶺緒が口を緩く開けると、啄むようにでもゆっくりと唇を交わす。
その間嶺緒は泉の服に手をかけるとキスで感じる体をくねらせながら解いていった。
薄いレースで光が屈折し、ベットの中の様子がぼんやりと見える中で、2人が抱き合い唇を付けたまま、ベットへと倒れ込む。
仰向けになった嶺緒の腕が、蔓が巻きつく様に泉に絡まって行く。
「嶺緒、大丈夫そう?」
耳元で囁く様に泉が問う。いつもより何倍も優しく触れる泉に腹が立ってくる。
俺たちのショーは離れて見ている客がいる分、派手に大きく動く必要がある。その為セックスの挿入も強く打ちつける事が多い。
なのに泉がこんなんじゃショーにならない。
笑顔で泉の頭を両手で引き寄せて口付けする。
「泉ぃ、手ぇ抜いたらぶっ殺す。」
客に聞こえないように、演技の一端である様に背中に腕を流す。
「怖いなぁ、こんなに綺麗なのに勿体ない...。じゃあ遠慮はしないから。」
キスで濡れた後ろの窪みに指を合図もなく沈めて行く。
慣れた手つきで指を増やし、縁に沿うように穴を広げると固くなった泉のモノが躊躇いなく入ってくる。
「っう...、泉...急に...。」
突然の事に少し驚く嶺緒の腰を掴むと、思いっきり腰を打ちつける。
「ッア....!!!いず...お前...!」
勢いよく跳ね上がる腰が弓のように反る。
「嶺緒、今日のは演技じゃなさそうだね。」
嬉しそうに反った腰に腕を回すと、快感に戸惑う嶺緒を見ながら、腰を一定のリズムで打ちつけ続けた。
「っはっ、あっ、あっ、あっ、いずみ...っ!」
打ちつける度に漏れる声を聞いて泉が俺の両手を押さえつけて唇を奪う。
いつもなら、表情にも余裕が出るが、今日は発情期の初期症状の後で上手く演技ができない。
ただ泉によって与えられる快感の波をただ受け止めるしか無かった。
ナカの壁を柔らかい泉の先が、ゴツゴツと押し付ける。いつもより感じるナカがビクビクと痙攣し始め、緩く開きっぱなしの口から唾液がこぼれ落ちる。
「あっ!あッ...!泉ッ....イく...っ!」
反った腰がさらに弓を引いたように跳ねると、ベットに砕け落ちた。
ビクビクとモノが震え、何度も締め付けるように濡れた穴が収縮するも、自分の愛液で濡れた先端からは何も出ず、また快感を下腹部に押し込めたような感覚に陥る。
「イっちゃうなんて台本に無いよ、嶺緒。しかも空イキしちゃうなんて。」
にこりと優しい笑顔を向ける泉から離れると、脱ぎ落とした上着を羽織り、逃げるように這いつくばいながらベットから飛び出す。
ここからは台本の通りに客に魅せる為にベットから出る。
飛び出した先には、
ハイエナのように本能剥き出しの目をした観客が、舞台の下から俺に触れようとと手を伸ばす。
『逃げられない』と理解し、後ろを振り向くと軽く長い羽織を纏った泉が近づいてくる。
「も...もうおやめ下さい...!」
恥じらうように足を閉じて、後退り、目の前に立つ泉を仰ぎ見た。
後ろには観客。微かに手が届く観客の指が後ろに付いた俺の指先に触れる。
客の1人の手を握る。
えっ?と驚く客を切なそうな顔の潤ませた瞳で見つめると、泉がグイと腕を引き上げ、客と繋いだ手は寂しくも離れ泉の腕の中に落ちる。
客は何が起きたのかという顔だが、キャストに触れられる事で高揚感に包まれる。
最前列の舞台下はかなり料金は高いが、こういったキャストの世界観に加われるという大きな恩恵を受けられる。運が良ければキャストと絡むこともできる。
そのプレミア感を感じさせる為の演出。
町田オーナーの戦略だ。
遠くの客は何が起きたのか見たいと言わんばかりに次々と立ち上がる。
客が感嘆の声を口々に上げる中、泉は俺の腰に手を当て、口付けをしようとするが俺は拒むように顔を背ける。
ポロポロと涙を流す俺の顔を片手で掴み、噛み付くようなキスをすると吐息が漏れる俺を見て嘲笑う。
この笑みは演技じゃ無い。この状況を楽しんでいる。
「泉、お前楽しんでんだろ。」
口が離れた隙に小さく呟くと「勿論。」と笑みを向けた。
泉は台本通りに俺の上着を剥ぎ取ると、腕を縛り上げ観客の前で股を開かせる。
「っや...やめ....ろっ!」
恥辱に満ち溢れ、顔を背ける姿に悦に入った泉は小さく笑い声を上げる。
「いやらしい姿をみんなに見せてあげないとね。」
首筋を舐めると、片手で俺のモノが扱かれる。
「っぁ...!やだ、触るなっ...!んぁッ...!」
自然と恥ずかしさで閉まろうとする股を脚で押さえつけ激しく手を上下した。
「ふぁァッ...見るなぁッ...ッァア!」
腰が快感と共に揺れる。まるでこの恥辱の中で興奮しているように勃起したモノは萎えず、求めるように身体がビクビクと反応する。
観客の視線が集まる。
何処を見ても、全員と目が合う。
(あぁコイツら俺を見て興奮してるんだ。)
そう思うと優越感に浸れる。
泣いた面を笑顔に変えないように腹の中で笑む。
αもΩもβもみんな同じ人間だ。Ωの俺を見て欲情してんだからそう変わらない。
「はぁぁっ...出るぅっ!でるぅッ!」
ビクビクと跳ねると白い液が嶺緒のモノから垂れ落ち、舞台の上にぽたぽたと落ちる。
出した後も細かく揺れる体を膝立ちで立たせると、泉が自身のモノを嶺緒の穴に擦り付ける。
「も...もうムリです...。」
恐れるように潤んだ瞳で、震える体で、背後の泉を見るも、泉は嶺緒の首筋を舌でなぞると、
あてがったモノで嶺緒の中を思いっきり突き上げた。
「ッア...ッァあ...!!」
突き上げられた反動で喉を反らせる嶺緒のモノがビクビクと震える。
お尻から太ももへ伝い落ちる間もなくぽたぽたと落下していく愛液が舞台の下からのライトと上からのライトに照らされキラキラとその水気を遠くからでも感じさせる。
「も、無理っ...!むり、ッぁ...!」
何度も何度も突き上げると、仰け反ったままの嶺緒の腿が快感に震え、腰が揺れるとモノも誘うように揺れる。
観客もまもなく嶺緒の限界が来るのだと固唾を飲む。
演技じゃ無い。泉にイカされる。
イかないように必死に我慢するも、突き上げる泉のモノが容赦なく快感の渦へと引き摺り下ろす。
(トんじまう、やばい...。)
グラグラと揺れる視界が意識を快感で持っていこうとしているのが分かる。
背後の泉を見ると泉も完全に演技とは別に、俺を支配して楽しんでいるのが窺える。
「っんあ゛ぁっ、ムリ、い゛くっ!ッいくッ——!」
息が上がっていく。ガクガクと震えると我慢していた快感をぶちまけるように白い液が自分のモノからも、挿れられた後ろの穴からもぼたぼたと溢れてくる。
「っぁ...はぁ...はぁ....。」
台本よりも派手にイって、舞台をベタベタに汚してしまった。
泉が腕を離すと、ゆっくりと舞台に倒れ込む。
息を絶え絶えに吐く俺の尻を掴むと、観客にナカを見えるように広げ、広がる穴からは俺の愛液と泉の精液が混ざった白い液がどろりと流れ落ちるのを、見せつけた。
「よくがんばったね、嶺緒。戻ろう。」
ぐったりと力の抜けた俺をお姫様のように抱き上げると、舞台は暗転し、俺と泉は舞台裏シャワー室へと移動した。
暗転が明けたのか、ものすごい声が会場内で響き渡る。
俺や泉を呼ぶ声や歓声が混ざり合い、大きな音が会場内を包み込んだ。
歓声の大きさにビリビリとその圧を受け、雪は2人の凄みを体感していた。
「どうだった雪?ああ成れたら、私が払わなくても客が直接札束持って寄ってくるわ。」
満足そうにオーナーが腕を組むと、明るくなった客席に際どい格好のボーイ達が駆け寄ってくる。
ボーイの持っているカゴに客が握りしめた札やポケットに入れた札をガサガサと入れていく。
プレゼントを渡したいファンは、このタイミングでボーイに預ける。
「凄すぎました。僕何回も目があったんです。その度に自分が触れられているようなそんな気持ちになりました。想像して、濡れちゃうんです...。ヤバいしか言えないです。」
「雪も頑張れば成れるわよ。嶺緒は、αを見下ろす為に此処までのしあがってきたの。良い目標になるわ。さ、次のショーまで時間があるし、遅いと心配だわ。そろそろ帰る準備なさい?」
ニコッと微笑むオーナーと一緒に事務所へ戻った。
僕は少しだけ泉さんと嶺緒さんの関係について知りたくなった。
それだけ白川嶺緒という人にたった1日で魅了されてしまったんだと感じた。
「嶺緒、大丈夫?」
心配そうに覗き込む泉の顔が視界の全面に映る。一瞬意識が飛んでいたのか、いつのまにかシャワー室の前の椅子に座る泉に体を預けていた。
「ッ...お前の、せいで、身体が熱い!」
泉の胸を何度も殴りつけると、泉が構うことなく俺の口を唇で塞ぐ。
「んっ....すぐキスすんな。」
泉の胸を押し返すと、調子が良さそうに笑う。
「ヌいてあげようか?それとも本番でも良いよ?」
にこにことあどけない笑みが、俺をイラつかせる。人の体の事も知らないで無茶させやがって...。
「いやいい、今日は帰る。やっぱ調子悪い。」
ふーっと長く息を吐くと、起き上がると、そこら中にいたスタッフが駆け寄ってくる。
「衣装預かります。」と俺についた髪飾りや耳飾りや服と同時に、泉の事も素っ裸に追い剥ぎしていく。
「泉よりも脱がすの上手いかもな。」
あまりの仕事の早さにフッと鼻で笑い、シャワー室へ入ると泉が背後から抱きついて頬にキスをする。
「でも今日ヨかったでしょ?」
勃ったモノを俺のケツに押し当てると、首筋にもキスを落としていく。
「いーや、しんどかった。」
思いっきり冷たい水をシャワーから出すと、叫び声を上げた泉が飛び跳ねて凍えながら俺の体で暖を取る。
「泉のぼせ過ぎ。頭冷やせ。」
肘で背後の泉をどつくと、温かいシャワーで体の汚れを洗い流す。
「う゛っ...酷いな嶺緒...僕はこんなに好きなのに....。」
しょんぼりと肩を落とす泉を見る。泉が俺の事を好きってことは胸が痛くなるほど理解してる。でも、俺は恋愛はできない。
「知ってて断ってんだからそろそろ諦めて良い男見つけろよ。」
あくまでも、いつもの俺を崩さずに冷静に対応する。
「嶺緒〜…。」
「甘えんな。」
俺だっていつまでもそんな顔見せられたら傷つくっつの。
ボディーソープの泡がシャワー室をいい匂いに染め上げ、ぬるぬるとこびりついたセックスの跡を洗い流していく。
「嶺緒、今日ナカに出しちゃってごめん。」
静かに体を洗っていた泉が俺のケツに手を触れる。穴を探すように弄ると指で割るように広げぽたぽたと残った精液が流れるのを待つ。
「おい...!い、いずみ...!」
「ちょっと洗うだけだから!」
シャワーの水が伝い落ちる手を穴に入れると、ぬるいお湯がナカに入ってくる。
「ん...早く…。」
ぐちゃぐちゃと掻き出すように指で中を混ぜると、精液の混ざったお湯が太ももを伝い落ちる。ただ洗い流すだけでも下腹部がじんわり熱くなってくる。
「もうちょっとちゃんと出さないと。」
泉の吐息が後ろから耳を撫でる。
念入りに入れられる指に、身体が反応してしまう。
「んぁ...っもういいだろ....!」
発情期のせいか、俺のモノが勃ち始めている事に気づいて慌てて泉をおしのけると、シャワー室を出た。
このまま泉にやらせてたら、いよいよ本番が始まってしまう。俺は泉と仕事以外でセックスはしない。
「ちょっと、嶺緒?!」
慌てた様子の泉がシャワー室から身を乗り出す。俺はバスローブを着て、ろくに拭きもせず、休憩室へと足早に戻る。
発情期のせいでやけに身体が敏感に感じる。
こんなやばい姿でこれ以上泉とは居れない。
俺も泉を拒めなくなる。泉には不用意な期待を持たせたくない。
足早に戻っている最中に、雪やタツ達ともすれ違ったが挨拶もできなかった。
休憩室で急いで着替える。
急いでいるのに濡れて張り付いてくる髪や服が鬱陶しい。
緩い服着てきてよかった。頭からガボっと服を被ると荷物を持って帽子を被って、あとはここから出るだけだった。
休憩室のドアを開けるとばったり泉と出会う。
「れ、嶺緒どうしたの?体調悪いなら僕家まで送ってくけど?」
心配そうな顔の泉を見て少し胸が痛む。
俺は、俺を好きだと言う泉から逃げてるだけだ。
「大丈夫。いつも一人だし。おつかれさん。」
冷たく遇らうも泉は俺を引き寄せて抱きしめる。
「うん、またね。」
耳の後ろで聞こえる優しい泉の声に少し申し訳なくなった。
すぐに手を離した泉は、優しい笑顔で手を振ると俺の足早に去る背中を見送った。
(怒ってくれればいいのに。)
と罪悪感で胸をいっぱいにしながら夜のネオン街を足早にすり抜けていく。
俺の家はこの繁華街の奥の高級マンション街にある。
高級マンション街は、aの奴らがおおい。
俺はαがいるからΩがよりつかないこのマンション街にあえて住んでいる。
αもΩも対等だと言う俺の信念から来るものだ。
そして俺の身なりではまず、疑われない為全く住むのに不便はしなかった。
そんなマンション街まであと少しというところでぐらりと視界が傾く。
(な、んだ?)
ヨロヨロと足がおぼつかなくなり、膝が笑い始め、終いにはその場から動けなくなってしまった。
全力疾走した後のように息が上がる。
首を絞められたように苦しくなる。
いつの間にか眠ってしまった時のように、目の前が暗くなっていた。
目が覚めると、木のいい匂いのする綺麗な家のベットに横になっていた。
(俺の家じゃない....。)
何故かする頭痛に表情を歪めながら状態を起こすと、隣の部屋から人の気配がする。
ベットから足を下ろして、恐る恐る扉を開くと、眼鏡をかけた爽やかな青年が丁度、扉の前に立っていた。
「うわっ...びっくりした...具合、大丈夫そうですか?」
丁寧な言葉で話しかけてくる青年が慌てたように俺から距離を取る。
「ん?あんた何やってんの??」
異様な行動に疑いの目を向けると、青年は恥ずかしそうに頭を掻く。
「あっ...!あの、ヒートが起きてたみたいなので、他人に近づかれるの嫌かなと...。」
その言葉で、自分が繁華街の路地で倒れた事を思い出す。ヒートが起きていたのに今は何ともない。
突然嫌な想像がよぎり冷や汗が噴き出る。
慌てて首筋や頸を触って確認するも傷跡も痛みもない。
服も剥がされたり脱がされた形跡はない。
「大丈夫ですよ!僕は何もしてません!証明証見せてもらって、勝手ですが…、お薬持ってたみたいなので飲ませました....。嫌でしたか?」
申し訳無さそうに眉を下げる。
ヒートした俺相手に適切な措置を取ってくれている。
「いや、あんなとこで気い失ってる方がやばかったと思う。ありがとう。」
繁華街周りは正直治安が悪い。
体格がいいにしても流石に気を失ってる俺では何をされるかわからない。
しかし、ヒートが起きてた俺を、抱えて家まで連れてきたのか。αじゃ正気を保つ事は難しい。おそらくβかΩの性を持ってるんだろう。
見たところ何もされてないし、俺はこの青年を信頼出来ると思い、ホッと胸を撫で下ろす。
最初に見つけてくれた奴がこいつでよかった。
「僕、宮 奏です。」
爽やかに笑むと、綺麗な手を差し出す。
俺は握り返すと笑顔を返した。
「俺は白川嶺緒。そういえば、今何時?」
キョロキョロと時計を探す。
奏は携帯をチラリと見る。
「お昼の12時ですね、曇ってて外は暗いですが...。」
リビングへ移動すると重そうな遮光カーテンから外を覗く奏の後ろから俺も外を見た。
予想していたよりも圧倒的に高い位置からの長めに驚く。
「こ、高層ビル...。」
周りを見渡すとさほど離れていない位置に俺の住んでいるマンションが見える。
(しかも結構近い...!)
驚きでじっと外を眺めていると窓ガラスと俺の間に挟まれた奏が恥ずかしそうに俺を見上げる。奏と、俺はいつの間にか触れそうなほど至近距離に近づいてしまっていた。
「す、すみませんちょっと下がってもらっても...。」
「あ、ごめん。」
自分が人との距離感が麻痺してる事に気付かされる。
今まではセックスしたり触られたり、抱かれたり...とにかく肌が触れ合う事に全く嫌悪感がなかったけど...普通のやつは嫌だよな。
「お昼よかったら一緒に食べに行きますか?」
脳内で自分に説教をしている俺に向かって、にっこりと首を傾げる奏に、「No」とは言えなかった。
「いいよ。さっき窓から俺の家の位置もわかったし、食ったら家に帰るから。」
嬉しそうに笑顔を見せる。
「嶺緒さんの荷物はベットの横に置いてます、ちょっと着替えてきますね!」
バタバタと自室であろう部屋に入っていく奏。
俺よりも背が低くて、健康的な青年だ。
素直な態度に少し癒される。
そう思いながら自分が寝ていた部屋に入ると、昨夜来ていたジャケットが丁寧にハンガーにかけられ、時計やら財布やらが綺麗にテーブルに並べられていた。
ぼーっとして部屋を出たけど、よく見たらめちゃくちゃ丁寧に俺の荷物を並べてあり、育ちの良さを感じる。
持ち物を全部ポケットに入れ込む際に、財布の中身を確認した。勿論1円も減ってない。
カードも、携帯も時計もある。
安心したと共に、人柄の良さに少し当てられる。俺は夜の人間だから、こんなに綺麗なヤツ見るのも久しい気がする。
奏を一瞬でも疑ってしまった事で罪悪感を感じる。
帽子とジャケットを着ると、ベット少しでも綺麗にして返そうと丁寧に皺を伸ばして部屋を出た。
玄関で待とうと廊下を進むと、俺がまるでお客様として招かれているように丁寧に靴が並べられていた。
(こんなとこまでキッチリ...。)
靴を履いて玄関に立って待っていると、奏が部屋から出てくる。
「お待たせしました!何処行きますか?」
誠実そうな格好をした奏が、座って靴を履くと上から眺める俺には奏の長いまつげも、通った鼻筋も綺麗に見える。
「あー、俺なんでも食べれるから奏が好きなもので...。」
そう言うと「えっ?」と、驚いたように顔を上げ目が合うと直ぐに恥ずかしそうに下を向いた。
「え?」
俺なんか変な事言った??
先程距離感を間違えたばかりの俺は何度も自分の言動も粗を探したが何も思い当たるものが見つからなかった。
「じゃあ、お肉いきましょう!精をつけて、具合戻した方がいいですよね!」
やけにはしゃいでいる様子...もしかして俺のこと知ってる??
ちょっと不安になりながらも、奏がどんどん前に歩いていくもんだから、着いていく事にした。
しばらく歩くと奏が店の前で立ち止まる。
「此処です!僕の好きなお店。」
ふと看板に目を向けると、以前かなり贔屓にしてくれてた客と来たことのある高級肉料理店で、目を疑った。
「おい...ここ...。」
止めようとするも、奏は怖気付くこともなく当たり前のように店に入ると、カウンター席に堂々と座る。
高級料理店のカウンターといえば大抵、常連しか座らない魔のゾーン。
そこに堂々と座るとは..かなり肝の座ったヤツ...。
「奏くんお久しぶり。お友達?」
ニコニコと実に優しそうな店の店主であろうおじさんが奏に話しかける。
つまり高級料理店の常連だったわけだ。
この奏って子、結構なボンボンかもしれない。
「えっと——…
「最近知り合いまして、奏くんと今日は遊びに。」
俺との状況、説明しにくいよな...。と、気を利かせて外行の顔をすると奏が助かったと言わんばかりに俺を見つめてくる。
「そ、そうなんです!だから、丸岡さんの1番得意な料理、お願いします!」
「奏くんが友達連れてくるの初めてだからね!腕に寄りをかけて作るからまぁ待ってて!」
おじさんも気合を入れたように腕をまくると、1人で食事の準備をし始めた。
奏でに肝心な事を聞く。
この質問の答えによっては対応を変えなければいけない。
「奏はさ、俺の事知ってる?」
「...俺の事??」
『白川嶺緒』というショーキャストを知っているか。という意味で聞いたのだが、何のことやらさっぱりといった顔をする奏に「なんでもない。」と話を切り上げる。
あの様子じゃ俺のことは知らないらしい。
でもあの店主はどうだ。
俺は一度此処に顔を出した事がある。
帽子は脱がないようにしないと...。
内心ドキドキしながら食事を待つ。
1人で悶々とどう上手く立ち回るかを考えていると奏が心配そうに俺の方をじっと見つめていた。
「な、なんだよ...。」
「いや、本当にもう体調は大丈夫なのかなと...。」
優しい表情ながらも、疑うように此方を見てくる。俺が無理していると思っているのか...、だが俺はショーキャストって事をどう言わずに上手く潜り抜けるかを考えているだけだ。
「体はもう大丈夫だから、心配すんな。」
ヘラと笑うと、奏は安心した様に表情を緩めた。
『嶺緒大丈夫?』
ふと頭に泉の顔が浮かぶ。
いやいや、泉のことは今はほっとこう。
そうぐるぐると頭を悩ませている時に、ハッと思い出す。携帯昨日から見てない。
チラリとポケットから携帯を取り出すと恐ろしい通知の件数に青ざめた俺は携帯をまたポケットに仕舞った。
「どうかしました?」気にする奏に、俺は話を逸らす。
「そ、そう言えばさ、奏は学生?」
店主に聞こえない程度の声で話す。
「そうですよ。大学4年生です。白川さんは?」
「嶺緒でいいよ。俺は24の社会人。」
それ以上聞かないでくれると嬉しいなぁ〜。と心の中で願う。
こんな風に仕事の外で出逢う人間なんて居ないから、俺のことを知らない前提での会話をしたことが殆どない。
「嶺緒...さんは、この辺に住んでるんですか?」
「あーうん、繁華街前の駅前に....。」
本来ならば仕事柄家の場所なんて付き合い長いやつにしか言わないけど、奏は俺のことなんか知らないみたいだし、まだ学生だし、気が緩んだのかつい話してしまった。
「あの、この後まだ暇なら一緒に遊んでくれませんか?」
真っ直ぐな瞳でお願いされる。
俺は今日、奏を断る権利はない。
そして俺は今日は休みだ。
「んーいいよ。何したいの?」
「僕が行きたいところに付き合ってくれれば嬉しいです!」
ものすごく嬉しそうに目を煌めかせる。
知らないやつと飯に行ったり遊んだりするのがそんなに楽しい??
不審に思いながらも「何処でもついてくよ。」と微笑んだ。
俺は本来人を信用しないからこういう付き合いはあまり得意じゃない。やった事もなければ、これから新しく付き合っていこうという様な奏の気持ちも、理解ができない。
「楽しみだなぁ〜。」
子供のように嬉しそうに微笑むと、携帯で何処にいくのか色々と調べながらうきうきしているようだった。
あまりに純粋なその姿に、ふと笑みが溢れる。
こんなに喜んでくれるなら付き合ってやってもいいかと、面倒だと思っていた自分自身も少し楽しみになりつつあった。
「はい、2人とも出来たよ!」
店主の快活で豪快そうな見た目とは裏腹に、丁寧に彩られた食事が出てくる。
「丸岡さんのご飯1番好きなんですよね。嶺緒さ...嶺緒も、食べてみて?」
ぎこちなく訂正したのに店主は気づいていないようで、俺は胸を撫で下ろしながら食事を口にした。
以前来た時に食べた物とは違うがコレも勿論うまい。値段相応かそれ以上の料理の味に満足せざるを得ない。
そしてその食事姿を、ニコニコと嬉しそうに見ていた奏の姿が頭を離れなかった。
「僕トイレ行ってきます。戻ったら次行きましょう。」
食事を終え、奏が楽しそうに店主と話しをしているのを聞き、そろそろ帰るという雰囲気が流れたところだった。
奏がトイレで離れた隙に、店主に会計を頼む。
革製のホルダーの中に、クレジットカードを挟むと素早く店主に突き返した。
支払いが終わりカードを返された時に店主が穏やかな顔で俺に話しかける。
「今日はありがとうね。食事もだけど、奏くんの事。また2人でおいで。」
まるで奏の親戚でもあるかのように奏を気にしているように見えた。
「また来ます。奏と。」
扉が閉まる音で奏がトイレから戻ってくる事に気づくと、席を立ってニコッと笑みを返し会釈をした。
「お待たせ...!お会計は僕が...。」
バックに手を突っ込んで財布を取り出そうとする奏の手を押さえると「もう払ったよ。」と店から出た。
「ご馳走様でした。」
扉を閉める時に軽く頭を下げると、店主も頭を下げ終わった後に手を振って俺たちを送り出した。
「僕が誘ったのに何で払っちゃうんですか!しかも高いのに...。」
「助けられたお礼だよ。ってか、俺に奢るつもりだったの?学生が?」
お人好しと言うか、奏からは世間とズレている様な何かを感じる。
「僕はいつも食べてるからいいんです。」
ムッとする奏の背中をバシッと叩く。
「じゃあ、これでチャラね。」
しょうがない。と言う様に奏を見ると奏は相変わらず楽しそうにニコニコしていた。
それから今日はゲーセン行ったり、スイーツ食べたり、ふつーのカップルがやる様なデートコースを巡った。
終始楽しそうにしていた奏が居たから、そんなん興味もない俺でも楽しく感じた。
久々に、繁華街を出てフツーの、その辺にいる奴らと同じになった気がした。
「最後、綺麗にライティングしてある場所があるらしいので行きませんか?」
日も落ちてきて、夜の街の光が綺麗に見える頃合いに俺と奏は駅の一角の綺麗にプロジェクションマッピングがされている場所を見に行った。
駅の二階から見下ろす事で、その全体像が見えるらしく、奏はそれが見たいとワクワクしている様子だった。
2人でその場所まで行くと、想像も何倍も綺麗な景色に思わず言葉も出さずにじっと見惚れた。
「嶺緒さん、綺麗ですね。」
「な。案外キレーでびっくりした。」
キラキラと輝く光景が目に写った奏が、じっと景色を眺める。
綺麗な目をしてて、横顔も綺麗で、まつげも長くて。メガネが無かったら、どんな顔してんだろって、興味が湧いてくる。
奏のメガネをスッと抜き取ると奏が驚いたように此方を見る。
「れ、嶺緒さん!」
思ったよりも綺麗な顔をしてて、それは今見ている景色よりも何倍も俺の中の予想を超えてきて、どきどきと心臓が跳ねていく感覚が胸に伝わってくる。
「キレーじゃん顔、何でこんなメガネ付けてんの?」
カッと奏は顔を赤くすると俺からメガネを奪い取って慌てて掛け直す。
「...目が、悪いからですよ。」
小さく俯いた奏が眺めていた手摺りから離れる。ほんのり渋い顔をした奏を見て、「しまった。」と後悔した。
「そろそろ帰りましょうか。」
ニコッと笑いかける奏は、笑を貼り付けた様な、何処か影のある様な気がした。
2人で駅を出ると、タクシー乗り場でタクシーに乗った。今日一緒にいて分かったことは、奏は生まれながらの金持ちなんだとわかった。
俺みたいに身体売って稼いでる奴とは違う、産まれながらに恵まれた奴。
そう言う奴は得意じゃないけど、でも憎めない純粋さが、俺が奏と居られる理由だった。
「嶺緒さんの家の方が近そうなので僕は後で降りますね。」
薄暗い車内で、ビルの明かりや車の明かりが奏の顔を照らす。
笑顔もなく、ぼうっとしている奏の顔は、俺に見せていた柔らかい笑顔とは違い、固く真っ直ぐな雰囲気があった。
俺もぼうっと、奏を眺めていると奏と目が合ってしまい、気まずくなって家に着くまで外の景色を眺めた。
「着きましたよ。」と運転手に言われ、眠ってしまいそうな意識を戻すと扉がガチャっと開く。
もうコイツと会うことも無いか。
と、何処かもの寂しさを感じながらタクシーから足を下ろす。
「じゃあな奏。」と、タクシーを降りた途端奏が腕を掴む。
「あの!これ、受け取ってください!」
手に小さな紙を渡される。
「え?これって、」
聞く間もなくタクシーの扉がしまる。
寂しそうな表情を浮かべた奏がタクシーの窓に手を当てると、タクシーは走り去ってしまった。
家に戻り、ただ広いだけの殺風景な部屋で渡された紙を見ると奏の連絡先が書かれていた。
一言、『連絡して下さい。』と。
「年下の学生にナンパされたのか?俺。」
ふっと込み上げてくる笑いを抑えると、俺は何十件も溜まった通知を無視して、奏に連絡を取った。
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