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深想

付き合う前の2人きりのロッカールーム。 ちょっとシリアス。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 「なん、で……」  気づけば、絞り出すように声を漏らしていて。 「ん? 何?」 「なんでおまえは……、そんな無防備なんだよッ」  自分でもおかしくなるくらいに、切羽詰まった声だと思った。  情けないほどの震えは、間違いなく欲情からきていて。  それでもキョトンと見つめ返されて、どうにか保っていたはずの理性さえも、灼き尽くされるかと思った。  絶対に、知られちゃいけない。  絶対に、誰にも。  知られちゃいけない。  そんな風に抑えつけて、自分でもずっと、見ないふりをしていた。  そうでもしないと、マトモに息も出来ない気がしていた。  だってこいつは。  いつだって無邪気に無防備に。オレに微笑いかけ、オレに触れ、オレを煽っていた。  向けられる笑顔に何度胸を躍らせ、触れられるたびにその無防備さに打ちのめされたことだろう。  穏やかな日常なんて、いつからか遠ざかっていたから。  だから、たぶん少し、おかしくなってるんだ。  この程度の……勝手にオレの膝を枕に、されたくらいで、抑えが効かなくなるなんて。 「無防備って……何の話?」  キョトンとした透明な瞳が、オレを捕らえて放してくれない。  膝の上に乗った小さな頭が、いつオレの欲(熱)に気づくかと思うと、今すぐにも頭を退けさせたいのに、それも出来ない。  焦りの中でオロオロしていたオレを、真っ直ぐに見上げてくる瞳が。  オレを射貫いたまま、そっと微笑った。 「だって、シュウといると、落ち着くんだもん」 「おち、つく……?」  落ち着くからって、2人きりのロッカールームで。  突然甘えるかのようにじゃれついてきたと思ったら、最終オレの膝の上でくつろぐなんて。  あまりにも無防備で、やりたい放題すぎるんじゃないのか、なんて。  こいつには、言っても無駄なんだろうか。  頬のすぐ側で、消えずに燃え続ける欲にも気づかずに、うにゃうにゃと目をこするこいつには、何を言っても無駄なんだろうか。  それとも本当は。  すべてを知った上で、こうして無邪気にじゃれついて、無防備に誘っているんだろうか。  ここ数日、マトモに眠っていないオレに、正常な判断が出来るはずがなくて。  グラグラと揺れているのが、寝不足のせいなのか、それともこいつの色気に欲情しているせいなのかも分からないまま。  また、ウトウトと目を閉じ始めたヨウの。髪に、そっと。  触れた 「ん……」  瞬間だった。  うっとりと漏れた声と、気持ちよさそうに細められた目とが。  かろうじて繋がっていたはずの理性を、とうとう灼き尽くした。 「----ぉ、まえが……」 「んー?」 「ヨウ、が……悪いんだからな」 「なんのはなし?」  とろりと聞いたあいつの瞳に、オレがどう映っていたかなんて、分かるはずもなかった。  *****  訳が分からなかった。分かるはずもなかった。  ウトウトと気持ちよく微睡んでいた所を、無理矢理引き起こされたかと思えば、文句を言う暇もなく、唇を塞がれていた。  抗おうと藻掻くはずだった腕は、体と一緒に抱きしめられていて、動かすことも出来ない。  だいたい、なんでこんなことになってしまっているんだろう。  あのまま、とろとろと眠りに就けば、ここのところずっと見続けている嫌な夢も見ずに、穏やかな眠りに就けたはずなのに。  それより何より、なんでこいつは、オレと。  キスなんか、してるんだろう。  誰かと間違うには、あいつの頭は冴えすぎているはずだし、目だってそこまで悪くないはずなのに。  長すぎるキスは、深く濃く変わって。  ねじ込まれた熱い舌は、強引に割って入ったくせに、柔らかく優しく、オレを味わっていく。  それこそまるで、オレはこいつに深く深く愛されているのだと錯覚するほどの熱さで。  溺れるかと思った。  このままこいつに、溺れると思った。  大事なチームメイトなのにとか、男同士なんだけどとか。  そんな考えも思いつかないほどに深い深い底へと、溶けていくような錯覚。  重ねた唇と、絡み合った舌から溶けて、お互いに入り混じれるんじゃないか、なんて。思いかけた頃に。  唇は、突然に離れて。  うっとりと閉じていた瞳を無理矢理に、それでもうっそりと開いてみれば、後悔を顔に浮かべて青ざめたシュウがいて。  なんだよ、気持ち悪がるくらいなら、あんなにも気持ちよくて蕩けそうなキス、するんじゃねぇよ、なんて。  哀しくて悔しくて酷く傷ついた心で思っていれば、シュウが、それこそ血を吐くみたいに叫んだ。 「な、んで、嫌がらないんだよッ」  *****  悲鳴だった。  唇から零れたのは、彼に届けたい言葉じゃなくて、気持ちを伝えられずに藻掻いていたオレの、心のあげた悲鳴だった。 「嫌がれよッ。なんで……なんで受け入れてんだよッ」  むちゃくちゃだと思うのに、止められなかった。 「こんなん、勘違いする。何考えてんだよお前ッ。嫌がれよッ。暴れて突き飛ばして、お前なんか最低だって、叫んで逃げ出せよッ」  なんなんだよと吐き捨てながら、どんどん体が震え始めるのが分かる。 「なんで……ッ」  しまったと、思う暇もなかった。  目から零れたのが何かなんて、考えたくもなかった。  呆然とオレを見つめていたあいつの、瞳が驚いて見開かれる。  寝てないせいだ。こんなにも感情の振れ幅が大きくて、コントロールできないのはきっと。  ここのところ何度も。何度も何度も、目の前にいるこいつを思うさまに汚して、傷ついた瞳が泣きながらオレを罵る夢で目が覚めて。また眠っては同じ悪夢に飛び起きて。何度眠っても同じ夢に振り回されて、ろくに眠れない日が続いていたから。  もう神経が、どうにかなっているに違いない。  そんな風に自分を慰めながら、止まらない涙を隠そうとして。  俯いていたから、気づかなかった。  そっと。躊躇いがちに伸びてきた指先が、オレの頬に優しく触れてきて。  必要以上に大きく肩を揺らして飛び起きた。  *****  壊れるんじゃないかと思った。  オレを責めるように叫ぶ体は、まるで自分を壊そうとするかのように震えていて。  零れる大粒の涙を隠して俯きながら、全身でオレに、助けを求めているこいつが。  不意に愛しく思えて、不思議だと思ってから。  あぁ、あの夢のせいかもしれないと薄く笑った。  ここのところ、毎夜見る夢があった。  悪夢に似ているくせに、起きてみると妙に切なくて苦しくて哀しくなる夢で。  あいつが、泣きながらオレを犯して。  オレはあいつを詰るのに。  詰られたあいつは、心底ほっとしたような表情を見せるのだ。  まるで、責められることを望んでいたかのように。  そうして、あいつは必ず、ホッとしてるくせに傷ついた目で、こう呟いた。 『オレを否定してよヨウ。オレのこの気持ちを、否定してよ。男同士でトモダチで、お前は何考えてんだって、ちゃんと否定して』  いつもそこで目が覚めるから、オレは何も言ってやれないんだ。  あいつが望む言葉も、それとは真逆のオレの心も。伝えてはやれなくて。  だから、切なくて苦しくて、悔しくて。そこからもう一度眠る気にもなれなくて。  ずっとずっとそんなだったから、今のこの心地良い空間で眠りたかったのに。  それを邪魔したこいつは、だけどオレの見る悪夢と同じように苦しんでいるから。  そっと伸ばした指先で、零れる雫に触れたら。  あいつは、ギクリ、と。大げさに肩を震わせて跳ね起きて。  オレが指先で触れた頬に、自分の手を当てて驚いたまま硬直しているから。  思わず零れた笑いに、あいつが少し怪訝な顔をした。 「なに、笑ってんの?」 「……べつに?」  くくっと。笑って。  あいつがまだ、驚いたままでいるから。 「嫌じゃないから、嫌がんないんだよ」 「は?」 「男同士とか相方とか、当たり前じゃん。何言ってんの?」 「ヨウ?」 「知ってるよ、そんなもん。知ってるけど、しょうがないじゃん。気持ち悪いとかなんとか、思うよりも先に、気持ちいいとか心地良いとか、安心するとか。そんな風に思うんだから、しょうがないじゃん」 「ヨウ……」 「悪い?」 「なに……」 「お前のこと好きで、悪い?」 「----」  驚いていた瞳が、これ以上ないほどに見開かれるから。 「悪いのかって聞いてんのッ」 「……」 「あんなキスでオレのこと起こしといて、それでオレのこと嫌いとか言ったら、ホントにただじゃおかないから」  言うだけ言って、歯を食いしばった。  驚きに見張られたままだった目が、急に伏せられて。  また、あいつの顔が俯くから。  そんな風に強気なこと言わないと、泣いてしまいそうで。  だけど、聞こえてきたのは、ホッとしたようなため息で。 「……いいの?」 「なにが」 「オレは、ヨウを、好きだって。ずっとずっと好きで、めちゃくちゃにしたいと思うくらい好きで、だけど大事で大切だから、どっかに閉じ込めて守りたいって思ってるって、言っていいの?」  上げられた顔は、それでもまだ少し、不安を浮かべていて。  だけどその唇は、堪えきれない喜びを浮かべて、ゆがんでいる。 「何それ、その程度なの?」  だから、オレは笑って言ってやったんだ。 「その程度の覚悟なの?」  そしたら、やっと。  あいつが笑った。 「ホントに、ヨウには敵わないね」  ぎゅっと。  あいつが。それでも躊躇う腕で、そっと抱きしめてくる。  その肩に、素直に顔を埋めて背に腕を回したら、不意に涙が零れた。  安心だけが、オレを支配して、全身で感じるあいつの体温が、オレを包んでる。  そのことが、とてつもない幸福と、とてつもない愛しさを伝えてきたから。  だから、どうしようもなくあふれてきた涙を、堪えることが出来なくて。  肩に顔を押しつけて、シャツに染みこんでく涙に、あいつが気づいたのかどうかは分からないけど。  ぽふぽふと頭を撫でる手のひらが、ゆったりとした愛を、オレに伝えてくれた。

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