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第3話

とある冬の雨の日のことだった。 23時、バイトを終え扉を開けると、予想以上の土砂降りに足を止める。 「檸檬(れもん)、もう少しマシになってから帰ったらどうだ?」 店長にそう言われたが、俺は傘を開く。 「明日も早いんで、帰って風呂入って寝ます。ありがとうございました。」 「おう。気をつけてな。」 一歩踏み出すだけで、傘に当たる雨の音が全ての音を掻き消した。 俺は水瀬(みなせ)檸檬(れもん)。 バーでバイトしてる、ごく普通の大学3回生。 身長が高くて、周りには顔がいいだなんて言われてるから、人よりはモテる方なのかもしれない。 でも生まれてこの方、恋なんて経験したことがなく、誰かと付き合ったことすらない。 だって、好きでもないのに付き合うのは、相手にも悪いし。 キスだって、その……、××だって未経験だ。 自分で言うのもなんだけど、見た目の割にはうぶだと思う。 「うわ、キツ。早く帰らないと。」 家の方面へ進めば進むほど、雨足が強くなってきた。 前が見えない程の豪雨に、傘が(きし)む音がする。 さすがにこの雨の中、あと1km歩くのは厳しいと判断し、俺は路地裏に逃げ込んで雨宿りをすることにした。 「はぁ…。店長の言う通り、もう少し店で待機しとくんだった……。」 ぐしょぐしょに濡れてしまった足は、冷え切ってほとんど感覚がない。 両手を擦り合わせながら息を吐くと、俺の息は冷たい空気の中で白く浮かび上がった。 自分で自分の体をさすりながら寒さを(しの)いでいると、後ろでドサッ…と何かが倒れる音がした。 「え……?」 振り向くとそこには、ボロボロの布に包まった人が倒れていた。 「おい!大丈夫か?!」 慌てて駆け寄り、声をかけるも、ガタガタと震えるだけで返事はしない。 体に触れると、信じられないくらい冷たかった。 当たり前だ。 こんな薄い格好で、極寒の中、何時間も雨に打たれていたら死んでいてもおかしくはない。 幸い、息はしているようだけど。 「たす……け…て……」 「………!!」 微かに聞こえた声。 俺は自分のコートを脱いで、目の前で震える名も知らぬ人に着せ、背中に背負う。 どうすればいいか分からず、とりあえず自分の家よりバイト先に戻る方が近いため、迷惑を承知の上で、もと来た道を走った。

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