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   (さとる)の初めての相手は、実の父親だった。  車の窓ガラスを叩く激しい雨音が、早く決めろと急かしているようだ。父の元へ行くか、恋人の誤解を解きに行くか、それとも。  ワイパーで雨粒を払いのけてもよく見えないが、この真下は崖になっている。このまま前に進めば車と共に落ち、助からないだろう。  窓から崖の底を覗き込もうとしたところで、数刻前に恋人から言われた台詞が蘇る。 「俺、お前が何を隠しているのか知りたい。俺とセックスできないのも、それに関係しているんだよな?」  沈黙で応えると、恋人の滉一(こういち)は溜息を吐き、髪を掻き上げて言った。 「お前が答えないなら、もうこれで終わりにしよう。俺のことを少しは愛してくれていると思っていたんだけどな」  きっとセックスができないのを、元恋人が忘れられないせいだと誤解したのだろう。滉一はそのまま、暁に背を向けて部屋を出て行った。  誤解だと、言えばよかったのだろうか。だが、その理由は口が裂けても言えなかった。  実の父親に犯され続けたせいで、その他の人間相手では勃たない、などと。  雷鳴が轟き、近くの大木に落雷したのか、一瞬で燃え上がった。赤々と揺らめく炎を見て、崖から落ちなくても、このままじっとしていれば死ねるのだろうかと考える。  何も、死ぬほど辛い状況というわけではないが、この先もずっと今日のようなことを繰り返し、父親に縛られ続けると思うと息が詰まった。  燃え広がった火がどんどん近付いてくる。うねり、踊り狂っているようにも見える赤をじっと見つめていると、助手席に置いていたスマートフォンが鳴り始めた。発信者を確かめた瞬間、この呪縛から逃れる術はないのだと悟る。  エンジンをかけ、車をバックさせながら、通話をスピーカーに切り替えて出る。その相手の声は、滑稽なほど耳に馴染んだ。  元の道路に出たところで通話を終え、電話の相手の元へ向かう。もう、崖を振り返ることはなかった。           

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