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番外編 遠い日
「お、……ねが、い……この子を、……っ」
目の前の惨状を見て呆然と突っ立っていた龍巳に、女は血反吐を吐きながらそれだけ言うと、そのまま気を失った。
それを見て、気が付けば体が勝手に動き、赤ん坊を怜子から奪い取って走っていた。後ろから凶器を持った怜子が追いかけて来るかと思って必死に走った。走って、走って、死物狂いだったが、幸い怜子は追いかけて来ることはなかった。
しばらくして少しだけ冷静さを取り戻し、走るスピードを落として、これからどうするかを考える。
腕の中の赤ん坊は、何が起こったか知らずにすやすやと眠っていた。その呑気な寝顔に救われた気持ちがしながらも、どうするべきかまるで分からなかった。
家に帰って親を待つとしても、その間に怜子が帰って来ないとは限らない。警察に通報するのも、自分ではしたくなかった。
両親よりも近しい家族だった怜子を失うと、龍巳は本当の意味で一人になると思ったからだ。
「……ぁ……」
その時、赤ん坊が目を開けて龍巳の方へ手を伸ばしてきた。小さな手に手を伸ばすと、指先をぎゅっと握りしめてくる。
僕がここにいるよ、と言っている気がした。
それに涙を零してしまいながら、決意した。この子を自分の子どもとして育てると。
後から振り返れば、とんでもない決断だったが、赤ん坊や龍巳を捜索しに来る大人はなぜかおらず、周囲には弟思いの兄と認知され、なんやかんやとうまくやり遂げてきた。
暁を捜索しに来る大人がいなかった理由は未だに分からないが、きっと龍巳の親は厄介事を避けたかったのだろうと、今ならば大した感傷もなく振り返ることができる。
「……っ、あ、龍巳さ……ん、ンン……」
最奥を深く突かれて喘ぐ暁が、龍巳の名前を呼ぶ。その唇を塞ぎながら、でも、と思う。
その子どもをいつの間にか欲情にまみれた目で見てしまうようになったのは予想外だった。最初は人生をめちゃくちゃにされた腹いせもあって、悪戯心が湧いていただけだったというのに。
「龍巳さん……、何か考えてる?」
動きを止めてしまった間に、暁が不満と不安の入り混じった目で見てきた。
「……ああ、まあ。昔のことだ」
「何を考えたの?」
「……」
教えてやろうか迷った時、暁が車の中から外を見て言う。
「あ、流れ星!龍巳さんも見て」
子どものようにはしゃぐ暁を見て、自分の心も浮き立つのを感じながら、遠い日の記憶を胸に空を見上げた。
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