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第6話 こぼれた水(2/13)
木々の間からチラチラと、炎の灯りが見えた。
森の少し開けたところに、火を囲むようにして、見慣れた顔ぶれが休んでいた。
座り込んで休んでる奴がほとんどだが、大の字になって寝ている者もいる。
甲冑のまま寝転んだら余計寝苦しそうなもんだが、それほどまでに疲弊しているのか。
火の番をしてた奴と、他数人が俺に気付いて破顔する。
「隊長……っ」
まだ周りのやつはほとんど眠っているようだ。
「おぅ。ごくろーさん」
俺は小声で、軽く手を挙げて応えると、ルスの姿を探す。
「あっ、ルストック隊長代理は……」
焦りの浮かぶ声でかけられた言葉は、俺の耳には入らなかった。
ルスは、皆の中心で、年少の隊員達を守るように、その両脇に抱えるようにして、目を閉じていた。
全身を真っ赤に染めて、ピクリとも動かないその姿。
普段なら、俺が近付けば気配で目を覚ますのに。
ここは、戦場のど真ん中なのに。
どれほどの血を流したのか、甲冑から滴る程の赤い液体が、ルスの足元に小さな血溜まりを作っていた。
「ル……ス……?」
俺の声は震えていた。
おそるおそる手を伸ばそうとする俺を、さっきの隊員が止める。
「隊長っ、ルストック隊長代理は……」
と、ルスの頭が小さく揺れる。
「ん……」
小さな息とともに、その瞼がゆっくり開く。
「レインズ……? こんなところまで来たのか?」
「ルストック隊長代理は、今、俺と交代してくださったばかりなんです。もう少し寝かせてあげてくださいっ」
俺の肩を握っていた隊員の言葉に、俺は「早く言えよ!」と返す。
「言いました!!」と隊員は小さく叫んだ。
「……すまん、寝ていたようだ……」
ルスの声には色濃い疲労が刻まれている。
動かない足に、無理矢理着せられたのだろう甲冑。
それを引き摺って、ここまで歩くだけでも大変だったろうに。
「っいや、俺こそ起こして悪ぃな。俺が見張ってるから、もう少し休んでてくれ」
「レインズ、すまないな。お前の隊から怪我人を出してしまった……」
ルスは、疲れた顔のまま、苦しげに眉を寄せて謝った。
「この状況下でこれなら上出来だ。セオイドには医務室で会った。元気だったよ」
「そうか……良かった……」
ルスがホッと息をついた。
そういや、セオイドには怪我の詳細も聞かずに飛び出しちまったな。
後で詫びとかないとな。
「で、お前のそれは……全部返り血なんだな?」
俺は、ルスの戦う姿を思い浮かべながら確認する。
確かにこいつは昔から、魔物の懐に飛び込んで返り血をドバドバ浴びながら戦う奴だったよ。
ルスはコクリと小さく頷いた。
「そうか」
俺はホッとして、思わず力が抜けそうになるのを堪える。
すると、安心した体に、腹の底からじわじわと活力が溢れた。
ルスは無事だった。
俺はちゃんと、間に合った。
「ここからは、お前に任せていいのか?」
ルスに尋ねられて、俺は内心ぎくりとなった。
……やべぇな。
団長に何も言ってないなんて知られたら、大目玉だな。
俺は動揺を誤魔化すように、笑って答える。
「ああ、任せとけ」
ルスは黒い瞳にそっと安堵を滲ませて微笑み返した。
いつの間にか起き出した副隊長が、俺の後ろに控えている。
「イムノス、戦況を」
声をかければ、俺より長い髪を後ろで括った背の高い男が、短い言葉で正確に戦況を報告し始める。
なるほどな。やっぱり、今回も厄介な魔物が生まれてるようだ。
「でも、ま、あとはこの奥の魔物達とそいつ倒せば終わりって事だな?」
俺の言葉に、副隊長は苦笑して頷いた。
ルスの九番隊も、イムノスの見立てではそう遠くない辺りにいるらしい。
「お前はどうする? 九番隊に合流するなら、二人は付けるぞ?」
俺が振り返れば、ルスは疲れた顔で小さく笑って言った。
「リンデルなら大丈夫だ。俺はここにいるよ。お前の勇姿を見せてくれ」
ルスの言葉に、俺は、俄然やる気になってしまった。
ルスの前で、良いところを見せたいと、傲慢にも思ってしまった。
ルスは移動しなかったんじゃない。
もう、移動できなかったんだ。
それは多分、俺がルスを起こすのを止めた、あの隊員にも分かっていたんだろう。
……なのに、馬鹿な俺は、それに気付かなかった。
ルスはいつでも俺より体力があって、ルスはいつでも俺より強いと、思い込んでしまっていたから。
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