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第6話 こぼれた水(1/13)
ルスは、東の森に出た魔物討伐に、俺の隊を率いて出撃していた。
先に出た二番隊の救援要請に応える形での出撃。
救援に出たのは俺の三番だけじゃなく、ルスの九番も一緒らしい。
三番隊の奴らは隊長の俺がいなくても動ける奴がほとんどだが、それでもまだ何人か経験の浅い奴も混ざっている。
ルスに迷惑かけてなきゃいいんだが……。
ルスは弱い奴を置いてけねぇからなぁ。無茶してなきゃいいが……。
毎日何度も水を替えて、大切にしていた花も、すっかり俯いてしまった。
花束をもらう事は茶飯事だったが、こんなに丁寧に世話をしたのは初めてだった。
……もう、五日はルスの顔見てねぇな……。
見つめる花束から、はらり。とテーブルに花びらが落ちた。
「頼むから……。無事でいてくれよ……」
その翌日は、朝から医務室に顔を出していた。
ルスの帰りを待つ間に、俺の怪我はすっかり治った。
医務室で俺の怪我の経過を診てくれたのは、ケイトだった。
あの日、俺が初めて出会った魔物から助けようとした同期生は、いつの間にか治癒証明まで書ける立場になっていた。
「うん、これで完治ね。レインズ君、これ治癒証明書」
年相応以上の苦労を刻んだ手が差し出した書類を受け取る。
「ああ。サンキュ。これでようやく剣が振れる」
鈍った体を伸ばしながら言う。今すぐ戦力が必要なことは分かっていた。
医務室にはいくつもの診察室があったが、待ち合いにも、廊下にも、怪我人が溢れていたから。
「……怪我人……多いな」
「うん……東の森の魔物、ちょっと数が多いみたいでね。でも、今のところ三番と九番からの重傷者は……」
「急患です!! ケイト先生! すぐお願いします!」
彼女の言葉は、叫びにも似た呼び出しの声で掻き消された。
バタバタと、運び込まれたのは見慣れた顔だった。
「セオイド!」
名を呼べば、顔の半分を血に染めた男が振り返る。
「あ……隊長……。すみません……」
「馬鹿、謝るとこじゃねーよ。大丈夫か?」
「俺は平気です、が、ルストック隊長代理が前線に……」
そこまでを聞いて、俺は医務室を飛び出していた。
「レインズ君!?」
「完治だろ!? 俺も出る!! 団長に言っといてくれ!」
「わ、私が!? 無理だよ!!」
背にかかる悲鳴を聞かないフリで駆ける。
事務に書類を通すのもまどろっこしくて、俺は着場に治癒証明書を押し付けるようにして甲冑を身に付ける。
東の森なら、一日あれば着ける。
俺は久々に会う愛鳥に跨り、駆けた。
明け方、ようやく辿り着いた東の森の入り口には、魔物の死体が山を成していた。
……何でこんなに湧いてんだよ……異常だろ……。
入り口が近付けば、傷付いた仲間達の姿もポツポツと見えてきた。
……いや、ポツポツって数じゃねぇな。
医務室送りになった数も二十近くは居たようだったのに、ここに見えるだけでも二十五……中隊一つ分はありそうだ。
つまり、少なくとも現在中隊二つ分以上は潰されてるってわけだ。
こりゃ隊長不在の俺の隊や、隊長交代準備中のルスの隊にまで救援要請が来るはずだよ……。
季節外れの異常発生に、俺は顔を顰めた。
こーゆーいつもと違う状況の時は大概、一体二体、やたら強い個体が混ざってんだよな……。
嫌な予感がチリリと肌に刺さる。
足を踏み入れた森の中は、混乱を極めていた。
見渡しただけで三人ほど、散り散りになって逃げてくる同胞の姿がある。
隊長格がやられたのか? 何番だ、五番か……?
「お前達、何番だ!」
「ご、五番ですぅっ」
呼び止められて、半べそで答える若い男。一見怪我はなさそうだ。
「仲間はどうした」
「隊長は、まだ奥にっっ。俺達だけでも、逃げろと……っっ!」
だからって手ぶらで逃げてきてんじゃねーよ、もっと他にできることがあんだろ!
心で叫び、剣を抜きながら尋ねる。もう魔物の気配はそう遠くない。
「怪我人は残ってねぇのか!?」
「奥に、三人、もう動けなく……」
「っじゃあ、一人でも二人でも抱えて逃げてこいよ!!」
俺は叫んで駆け出した。
木々の奥へと分け入れば、幸い、第五中隊の俺より一回りほど若い隊長は、動けなくなった三人を背に守るようにして魔物へ剣を構え、まだ立っていた。
「無事か!?」
「レインズさん!」
魔物は三体。兎のような姿の一体は片目が潰されているようだが、鼠風の二体は無傷に見える。
「俺が鼠をやる、お前は兎だ。いけるか?」
「はい!」
応える声にはまだ力があった。これなら大丈夫そうだ。
俺は、鈍った体にカンを取り戻すように、二、三度剣を振ると、魔物へと地を蹴る。
最初に戦闘に入っていた隊は脱出を終えたようだが、第二陣として入った隊にまだ脱出困難となっている者がいるらしい。
ルス達三番と九番は、それを救い出すために入った第三陣のようだった。
俺は、順に出会った奴らを助けつつ、奥へと進んだ。
不意に、辺りに漂っていた魔物の気配が薄れる。
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