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第2話◇嫌い。

 1週間前の金曜日。  いつも通り、追われるように業務を進めていた。 「三上(みかみ)」 「――――……」  聞こえないフリをし続けたい。  オレ、三上 蒼生(みかみ あおい)は、先輩の声を無視したまま、パソコンと向かい合う。 「三上?」  ……うるせえな。  ――――……もう言われる事は、分かってるし。  まだ終わんねえのか、だろ? 「……はい」  パソコンから視線をあげて、背を向けてた先輩に視線を移す。 「朝頼んだやつ、まだ?」 「あと少しです」 「昼までにできる?」 「はい」 「そしたら、お前が昼行ってる間にチェックするから、午後それを」 「50部コピーして綴じるんですよね?」 「――――ん、そう」  キレイな瞳が、一瞬オレを見つめて。  ふい、と逸らされた。 「分かってるならいいや」 「――――はい」  また、パソコンに向かう。  ――――……まあ、いつもだけど。  相変わらず。  にこりともしねえな、この人。  ――――……ため息をつきそうなのを堪えて、仕事を進める。  いつも、最短と思われる時間設定で、仕事を与えられる。  終わって当たり前。終わらないと遅いと急かされる。  で、それが終わるとまたすぐ別の仕事。  渡瀬 陽斗(わたせ はると)。  2年前、オレが入社してすぐ、オレの教育係になった人。  紹介された時。  一瞬、キレイで見惚れた位。――――男なのに。  まあでも、男にしたって、これからずっと仕事習うなら、近くにある顔はキレイな方が良いか、なんて軽く思った位だったけど。  キレイだからこそ、腹が立つ、とすぐに思い直した。  肌白くて、目はわりとでかいけど可愛らしいって感じではなくて。  涼し気な美人、ていうのがぱっと見の印象だった。  ――――……それが笑わないと、氷みたいに冷たく感じる。  愛嬌とかねーの?  キレイだからこそ、すげえ、冷たく見えて――――……。  マジで、泣かせたくなる。  しかもムカつくのが。  オレ以外には、結構笑うって事。  なんか嫌われるような事したっけ?  ――――……でも、まだ何もやらかしてない、一番最初からだったし。  ……オレの事が生理的に気に食わないとか? もはやそれだとどうしようもねえけど。  でも嫌いとか、そういう負の感情も届かないというか。  オレに対して、無であろうとしてる感じ?  全然意味が分かんねえけど。  ………まーとにかく。  オレは、この人が、すげえ、嫌い。  意味が分かんなくて、  仕事の振り方、すげーきつくて、  できたって、一言もねぎらわねーし、  できないと、ダメだしされるし、  笑わねーし、  余計な世間話とかも、全然しねーし、  オレ以外には笑うし、  オレ以外の後輩のことは、結構褒めるし、  結構他の奴とは話してる。  ――――……スパルタ指導のおかげで、一緒に入った同期に比べて、ものすごく色んな仕事が出来るようになってるとは思う。が、しかし。  全然感謝できねえし、する気も起きねえし。  なんか、ただ、ムカつくだけ。  2年経つと、マンツーマン指導は、解除されることが多いらしい。  来月新人が入ってきたら、今度はオレが指導者になるかも、と、こないだ先輩が言っていた。  そしたらこの人とは、離れられるんだろうか。  それは、大歓迎。  早く、ペア、解消したい。  いつも通り、そんな風に――――……先輩を嫌だと思ったまま。  ひたすら業務を、こなしていた。

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