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第240話◇落ち着け
思っていたよりも、メールがたくさん届いていて、先輩はまずその返信に追われていた。返信を代わりにすることはできないけれど、求められた資料を作ったり、探してきたりすることは出来る。手分けして対応していって、あれから二時間。
「もう、いいかなー。あとは来週、頑張るよ」
先輩が、ふ、と息をつきながらそう言った。
待ちに待っていた一言。
「三上、今途中のは、オレにメールで送っといて。続きは来週やるから」
「来週これ最初にやって、終わらせたら送りますよ」
「……ん、分かった。ありがと」
ふ、と先輩が笑う。
「頼りになるなー、後輩」
クスクス笑いながら、そう言って、先輩がオレを見つめて、目を細める。
――――……瞬間。
なんかこれが、ずっと欲しかったんだなーと、思ってしまった。
ずっと、褒めてほしかった、のかも。オレ。
他の奴、褒めるみたいに。――――……認めてほしかったんだよな。
……めちゃくちゃ素直に認めてしまうと、笑顔、向けて欲しかった。
多分、もう、恋焦がれるみたいな気持ちで。
で、それが叶わないから、苛ついて、祥太郎に愚痴っていたような気がする。
今、惜しげもなく向けられる笑顔が、本当に嬉しくて。
どんだけ、前から、この人のこと好きだったんだろ。とか思ってしまう。
――――……会った時からかなあ、やっぱり……。
綺麗だって思って、でも、無表情にムカついて。
ムカついてても、この人に出来ないって思われたくなくて頑張ってたんだっけ。
「――――……オレ、もっと役に立つようになりますね」
思わず言ったら。
先輩はきょとんとした顔で、オレを見た。
しばらく、二人で無言で見つめ合ってしまった。
「……今、もうなってるよ?」
先輩がふわっと笑って、そんな風に言う。
「これ以上ならなくても平気だけどな」
クスクス笑いながらそう言って、ぽんぽん、とオレの肩を叩くと、再びパソコンに向かう。
――――……なんかすっげー嬉しいけど。
「でも、なりますね。――――……仕事以外でも」
「――――……」
黙ったまま、オレを振り返って、じっと見つめられてたけど、少しして、ふ、と嬉しそうに笑って、先輩は頷いた。
「だからさ、今、もうなってるってば」
笑顔のまま、そう言って、先輩はパソコンの方を向く。
――――……なんか、ちょっと、顔が赤いような。
耳、赤い。
……照れてるなあ、きっと。
そこには突っ込まず、少しの間、またパソコンに向かっていると。
「パソコン落として帰ろ?」
先輩がそう言うので、はい、とだけ言って、ファイルを保存、電源を落とした。終了画面が出ている間に机を片付けて鍵をかけ、鞄を用意。
先輩の画面も、終了画面に変わる。
「――――……先輩、どうします? 夕飯」
同じように机を片付けていた先輩に、近くに人が居ないのを確認してから聞いたら、振り返られた。
「出てから決めよ?」
「あ、はい」
「少しだけ部長のとこ行ってくる。待ってて?」
「はい」
立ち上がって、部長の元へと離れていく後ろ姿を見送る。
部長が笑顔で迎え入れて、なんだか楽しそうに話しているのが見える。
あの二人、昨日同じ部屋に泊まったんだよなぁ……。
いくら部長が子煩悩で、まったくそんなようなことが無かったとしても。
なんか。ちょっと面白くない。
浴衣で寝た? ……そうだよな、きっと。急な出張だし。
普通浴衣しかねーしな。浴衣姿、見せたっていうだけで、面白くねーな……。
何となく机の上のペン立てとかを整頓しながら、先輩の後ろ姿を眺めていると、すぐ終わったみたいで、くるっとこっちを振り返った。
部長と話してたままの笑顔のまま。
オレとばちっと目が合うと、遠くからニコッと笑いかけてくる。
「――――………」
面白くねえとか、思っていたのに。
……なんかめちゃくちゃ可愛く見えて。
すぐに、胸の中が、ふわっと明るくなる、超現金な自分に思わず苦笑い。
「お待たせ」
ニコニコしたまま戻ってきて、先輩は上着に袖を通す。
「帰ろ、三上」
――――……何だかなあ。
スーツの上着を着る動作って、当たり前の動きで、他の奴のなんか全く見ないのだけれど。先輩がすると、なんか、見惚れてしまう。
ウエスト、細くて。
脱がせて、抱き締めたいなーとか……。
「三上? 立たないの? 帰ろうよ」
「あ、はい」
無邪気な顔をした先輩が不思議そうにそんな風に言ってきて、オレを少し覗き込んでくる。あ、と気付いて、立ち上がった。
……ヤッベーな、すっげーやらしい妄想するとこだった。
なんか今、頭、そっちの方にしか向かないかも。
落ち着け。まだ早いし。まず夕飯。
自分に向けて、ひたすら唱える。
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