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第一章・3

「私の名は、平 雅貴だ」  優しいが、どこか硬質な声だった。  藍には、ようやく自分を拾ったこの男を見る余裕ができた。  ウエーブのかかったツーブロック。  襟足にかからないほど短いので、清潔感がある。  だが、その前髪は片方だけが長く、右目をすっかり隠してしまっている。  見えている左目は切れ長だが、視線は物憂げだ。  高い鼻梁はなだらかで、唇は薄い。 (カッコいい人だな。俳優さんみたい)  藍が、そう考えた時、雅貴は彼から視線を外した。 「困っているなら、私の屋敷に来るといい」  後は、黙ってしまった。  黙って、窓から外を眺めている。  その姿すら、絵になるようだ。  藍は、改めて自らを恥じた。  こんなに小さくって、不登校で。  挙句に、家を逃げ出して。 「あの。お言葉に甘えて、一日だけお世話になってもいいですか?」 「構わない」  渋滞を許す言葉と同じに、雅貴は藍に答えていた。  車は、静かに二人を運んで行った。

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