5 / 111

第一章・5

「わたくしは、渡辺(わたなべ)と申します」 「白沢 藍です」 「では、白沢さま。この後は、雅貴さまをよろしくお願いいたします」 「え?」 「どうぞ、雅貴さまの御心を、開いていただきたいのです」  どういうことだろう。  藍が不思議に感じている間に、渡辺は少々顔を曇らせた。 「雅貴さまは、孤独な御方です。すっかり心を、閉じておいでなのです」  そして、そんな雅貴が拾ってきた藍は、その心を動かした稀有な存在なのだ、と渡辺は言う。 「あなた様には、雅貴さまの心を揺さぶる何かが、あられたのでしょう」  期待を込めた眼差しで藍を見つめ、その手を取った渡辺は、涙すらこぼしている。 「どうぞ、なにとぞ。雅貴さまを、よろしく!」 「は、はい」  渡辺の気迫に押されて、藍は思わずそう言っていたが、彼が部屋から去った後は困惑していた。 「僕はただの、ちっぽけな家出少年なのに」  平さんも、そんな僕を憐れんでくれただけだろうに。 『あなた様には、雅貴さまの心を揺さぶる何かが、あられたのでしょう』  こんな風に、期待されちゃうなんて。 「会ってみれば、解るのかな」  もう一度、この後に彼に会う。  その印象で、自分の運命も決まる。  そんな予感を、藍は覚えていた。

ともだちにシェアしよう!