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第一章・5
「わたくしは、渡辺(わたなべ)と申します」
「白沢 藍です」
「では、白沢さま。この後は、雅貴さまをよろしくお願いいたします」
「え?」
「どうぞ、雅貴さまの御心を、開いていただきたいのです」
どういうことだろう。
藍が不思議に感じている間に、渡辺は少々顔を曇らせた。
「雅貴さまは、孤独な御方です。すっかり心を、閉じておいでなのです」
そして、そんな雅貴が拾ってきた藍は、その心を動かした稀有な存在なのだ、と渡辺は言う。
「あなた様には、雅貴さまの心を揺さぶる何かが、あられたのでしょう」
期待を込めた眼差しで藍を見つめ、その手を取った渡辺は、涙すらこぼしている。
「どうぞ、なにとぞ。雅貴さまを、よろしく!」
「は、はい」
渡辺の気迫に押されて、藍は思わずそう言っていたが、彼が部屋から去った後は困惑していた。
「僕はただの、ちっぽけな家出少年なのに」
平さんも、そんな僕を憐れんでくれただけだろうに。
『あなた様には、雅貴さまの心を揺さぶる何かが、あられたのでしょう』
こんな風に、期待されちゃうなんて。
「会ってみれば、解るのかな」
もう一度、この後に彼に会う。
その印象で、自分の運命も決まる。
そんな予感を、藍は覚えていた。
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