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第2話
――そんな夜から三年を経て、僕達が十三歳になった年。
ジェイスの旅立ちが決まった。村人総出で入口に向い、僕達はジェイスを見送る事にした。満面の笑みで、僕は最後に、ジェイスの肩を叩いた。
「ちゃんと世界を救ってね!」
「任せろ。必ず世界を平和にする」
「うん。でも、危なくなったら逃げてね!」
「俺は逃げない。幸せはこの手で掴むつもりだ」
「格好つけて……」
怪我をしたり死んでしまう方が辛い。世界がこのまま緩慢に滅んでいく事よりも、今目の前にいるジェイスが傷つく方が僕は嫌だった。
「なぁ、ファルカ」
「何?」
「――約束して欲しいんだ。必ずここで、俺を待ってるって」
「え?」
「絶対に俺は帰ってくるから。俺の事、待っていてくれないか?」
「僕は村から出るつもりはないし、いつでもここにいるよ。ちょっと考えたら分かるでしょう?」
僕はくすくすと笑った。だが、ジェイスの顔は真剣だった。そして僕の耳元に唇を寄せた。
「俺以外の奴とキスとかをするなって意味だよ。分かってるのか?」
その声に、僕は目を丸くした。実はこの前、ジェイスに、『キスをしてみよう』と誘われて、僕は唇を重ねたのだったりする。頬が熱くなってしまう。僕は大きく頷いた。
「分かったよ」
「今、分かったんだろ?」
「そ、それはそうだけど! とにかく分かったから。いってらっしゃい!」
「おう。行ってくる」
満面の笑みで、僕は旅立つジェイスを見送った。
ジェイスの背中が遠ざかっていき、どんどん小さくなる。村の人々が踵を返して帰路につき始めてからも、僕はずっと街道を眺めていた。ジェイスが見えなくなっても、暫くその場に立っていた。ずっと僕は、笑っていた。最終的に、夕暮れ、僕は一人になった。
その足で向かった先は、いつか流れ星を二人で見た丘の上だ。
僕はそこで膝を抱えて座り、俯いた。まだ顔には笑顔が張り付いている。だって大好きな幼馴染の夢が叶って、旅立っていったのだから、これは喜ばしい事態のはずで――と、思った時、僕の頬が温水で濡れた。ここには誰もいないから、ジェイスに知られる事だって無いだろうからと、僕はそのままボロボロと泣いた。
僕は、もう子供ではない。
だからジェイスが『キスをしてみよう』なんて言い出した時には、とっくに彼の事が好きで、ただの幼馴染じゃなく初恋の人に変化していて、柔らかな唇の感触に舞い上がるほどだった。だけど僕が泣き喚いて『行かないでくれ』なんて言ったら、きっと優しいジェイスは困ると思ったから、今日は朝からずっと、笑顔を浮かべていた。今日のために、昨日も一昨日も、ジェイスの旅立ちが決まったと聞いた日から、僕は作り笑いの練習に必死だった。その成果が発揮できたのだし、笑顔で見送れたのだから、僕は良いと思ってる。
「どうか、無事で」
涙で歪む視界に、僕は空を捉えながら、ポツリと呟いた。瞬きをしたら、頬が濡れて乾かなくなってしまったけれど、唇にだけは練習した笑みを浮かべ続けていた。
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