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第2話 出来無い友達と風紀委員会

 ――最初の一ヶ月で、僕は多くの事を学んだ。  この学園は、ちょっと変わっているような気がする。抱きたい・抱かれたいランキングなるものが存在するそうで、その上位者から生徒会役員が選ばれるというのもまず驚いた。なにそれ。同時に、人気者の生徒には、親衛隊というものが組織されるそうで、抜けがけをして人気者に近づいたりすると、制裁を受けるらしい。人気者の一覧表が、そのランキング表でもあるようだった。具体的には生徒会役員が人気だという事だ。  ……風紀委員も大人気らしい。僕は、入学式前日と当日の出来事から、風紀の――中でも七折委員長の事が気になるようになっていた為、つい、耳に入ってくる言葉を覚えていってしまった。七折先輩は、生徒会長と同じくらい人気者なのだという。風紀委員には親衛隊の結成が許可されていないらしいのだが、もし存在していたら、僕は迷わずに、親衛隊に加入していた自信しかない。  現在僕は、いずれの親衛隊にも属していない。というのも、風紀委員会は親衛隊を取り締まる事が多いため、あまり親しくないと聞いたので、七折先輩と今後いつか万が一話せる日が来るかも知れないという可能性に備えて、入らない事に決めたのだ。委員会と部活は、来月までに加入希望を出す形らしく、まだ見学期間中である。  万が一……、なんて、普通に生活していたら、絶対に来ない。今では風紀が学園の秩序を守る集団だと僕は理解しているから、それこそ――この学園では僕が想像していた暴力等というよりも、強姦等があるらしいのだが、そういう危険な場面に遭遇して通報した時に、たまたまやって来たのが七折先輩、という場合でも無ければ、会う事は無いのだ。七折委員長は、僕から見ると手の届かないかなり上方にいる、雲よりもずっと遠い位置の人だったのである。その上僕は怖がりなので、今では、危険とされる場所を覚え、そちらに近寄る事も無く、通報する機会も無い。そもそも、通報しても、多くの場合は、委員長ではなく他のメンバーが駆けつけるようだった。  在校生も多いため、学内でばったり遭遇する事もほとんどない。だが、委員長は行事の時などに挨拶していたりするから、遠方から眺める事は出来る。僕はそれで満足していた。どうして同性の顔にこんなにも心惹かれるのかは不明だが――この学園は、そういう生徒が多いらしく、だからファンクラブのごとき親衛隊なども存在しているようである。  僕には詳しい知識が無いのだが、強姦……これもであるが、この学園は男子生徒しかいない為、男同士での恋愛も珍しくないのだという。僕は七折先輩に憧れているが、恋人同士になりたいとまで高望みしているわけではない。遠くからお顔をちらっと見られたら満足だ。  さて――僕がこれらの情報をどこで入手したかというと、教室である。僕の所属する一年S組には、僕を含めて、今年からの外部入学生が三人いる。僕以外の二人に、クラスメイト達が、学園の制度を説明しているのを、僕は隣の席で勝手に聞いていただけだ。正直な話、僕は現在、クラスで完全に浮いている。当たり障りなく挨拶したりは出来るのだが、仲の良い友達が一人も出来無い。そんな僕に比べて、僕の隣席と前の席の二人――弥生田くんと赤元くんは、すぐにクラスに溶け込んだ。  この内、弥生田くんは元々好奇心旺盛らしく、報道部に入った。なので、学園事情に詳しい報道部の生徒が弥生田くんに、休憩時間になる度に、色々と教えに来るので、僕はまず隣の席から聞こてくる報道部情報に耳を傾ける。  もう一人の赤元くんは、分からない事はすぐに質問するというのを信条にしているそうで、こちらには、学級委員長達がやってきて、色々と教えていく。僕はそちらのクラスメイト情報にも耳を傾けている。  ……僕に教えに来てくれる人は、特にいない。だから僕は、次の時間の授業準備として、教科書等を取り出しながら、ひっそりと盗み聞きをしているだけである。その場にいる事を拒絶されるわけでもないし、勝手に聴こえてくるのだから、僕には罪が無いと思いたい。  ただこのおかげで、僕はどんどん、この学園――何より風紀委員会について、詳しくなってきた。最近の僕の頭の中は、七折委員長でいっぱいである。恥ずかしいので誰にも話した事は無いが。  なお、お昼ご飯も、僕は寂しい状況になっている。僕は料理が出来無い。そして教室でかろうじて僕と話してくれる外部入学生二人は共にお弁当を持参している。購買部は競争が激しくて、僕のようにおっとりしていると売り切れに遭遇してばかりで買えない。結果として、僕は食堂へといく以外の選択肢を持たないのだが、誰かが僕を誘ってくれる事はないし、僕は自分から誘えるようなコミニュケーションスキルを持たないので……いつも一人で食べている。  本日も学食へ行こうかと思い、四時間目が終わった所で、僕は席を立った。  教室を後にしたが、特に誰かに声をかけられる事も無い。  僕はどんどん、教室で空気と等しくなっていく気がする。  この学園の人々はみんな煌びやかであるから、凡庸な僕には、みんな興味を抱かないのだろう。そう考えながら歩いていた時――パリンと音がした。 「危ない!」  ほぼ同時に声がかかった。咄嗟の事で動けなかった僕は、直後誰かに抱きすくめられている事に気がついた。見れば、真正面に、端正な顔がある。七折委員長の顔が、そこにはあった。真剣な顔で僕を庇うように抱きしめている。状況が理解出来なくて大きく瞬きをした。見れば、校庭から飛んできたボールが、窓ガラスを叩き割った所だったらしく、通りかかった風紀委員長は、ガラスの破片を浴びそうになっていた僕を助けてくれたようだった。 「……っ」  しかしその事実よりも、真正面にどストライクすぎる顔がある事で、僕の心臓は跳ねた。あんまりにも整った顔が、僕を見ている。それを認識しただけで――僕は赤面してしまった。泣きそうだ。格好良い……! 「怪我は無いか?」 「……は、はい」  必死で頷くと、七折委員長が微笑した。それに僕は、目が釘付けになった。本当に格好良い。なんだこの造形美は……。いつも険しい顔を見ているため、優しい顔に胸が掴まれた。ギュッと心臓が苦しくなってしまった。僕はうっとりと委員長を見てしまう。 「確か、伊澄だったな? 一のSの」 「!」  しかも委員長は、僕の名前を覚えていた。それが死ぬほど嬉しくて、僕は小刻みに頷いた。何か言いたいのだが、胸がいっぱいで言葉が出てこない。 「調書を作らなければならないから、ついてきてくれ」  僕は何度も頷いた。そんな僕を立たせながら、七折委員長が体を離す。良い香りがした。僕の心拍数は異常なほど上がっていて、ドキドキしながら、そのまま風紀委員会室へと促された。お昼休みは潰れてしまうが、構わないだろう。なにせ、こんなに近くに七折先輩がいるのだ。堪能しなければならないだろう。  人生で二度目となる風紀委員会室には、他に人気はなかった。僕は七折委員長と二人きりの空間に、尋常ではなく緊張しながら、質問に答えていく。 「――所で」  その質問が一段落した時の事だった。 「伊澄は、いつも俺の方を見ているようだが、何か他に風紀へ言いたい事でもあるのか?」 「!」  僕はその言葉に目を見開き、硬直した。終始真っ赤だった僕は、ここに来て、気づかれていたと知り、初めて青くなった。単純に先輩の顔が好きすぎて見ていただけなのだ。だが、そんな事は口が裂けても言えない。 「もしかして」  僕は好意に気づかれているのかと焦ってしまい、一人震えた。 「風紀委員会に興味があるのか?」 「――……え?」  しかし続いた言葉は予想外のものだった。だが――僕には頷く以外の選択肢が思いつかなかった。そこで今度は必死に何度も頷いた。 「そうか。先日の入学後テストでも一位だったそうだし、入学式の前日には武道の心得もあると話していたし――向いているかもしれないな。入学式の日には、通報も率先して行ってくれた。素質は十分だ」 「……」 「これが風紀委員会への加入申請書だ。ここでサインをしていってくれ」 「!」 「授業免除等の特権がある代わりに、今後は見回り等を行ってもらう」  穏やかな声で七折委員長が言った。僕は、急展開すぎて、最初は何がどうなったのか分からなかった。  が――風紀委員になったら、七折先輩の顔を見る機会が増えるのだ。その事実に舞い上がってしまい、僕は言われるがままにサインした。  こうして、僕は風紀委員となった。  現在では、腕に僕も『風紀』という腕章をつけている。  教室にも行かなくて良くなったので、僕は気が楽になってしまった。何より、毎日七折委員長の顔を見られるようになって幸せすぎる。  一年生の風紀委員は、僕以外は、皆中等部からの持ち上がりだった。みんな見回り等の基本業務は覚えているとの事で、僕は同じ一年生の、高遠君と同じ班で見回りを実地で教えてもらう事に決まった。  朝、僕は目が覚めると、制服を着て、隣の部屋を伺う。僕の同寮者は、真野真矢君というそうなのだが、一ヶ月半が経過してもきちんと話した事はおろか顔を合わせた事もほとんどない。僕は避けられている気がする。  僕は朝が弱いので、そのまま朝食は諦めて、真っ直ぐに風紀委員会室へと向かうようになった。そこで七折委員長の顔にうっとりとしてから、高遠君と見回りに出かけるようになった。  ――噂に聞いていた強姦事件に、僕が初めて遭遇したのは、新入生歓迎会の前、五月の終わりの事だった。高遠くんと共に急行した僕は、その場の光景を見て唖然とした。既に被害生徒は保健室に運ばれていたのだが、床には垂れた血や精液が残っていたのだ。  本当に男同士で強姦があるのだと、この時僕は、改めて知った。青ざめていると、僕の隣に七折委員長が立った。 「そろそろ伊澄にも、こういった案件の処理も覚えてもらわないとな」 「……」  処理、と、聞いた時、僕はてっきり、書類の処理だと思った。だが、七折委員長が続けた。 「保健室に運ぶ前に、風紀委員で体を処理する場合や、簡単に手当をする事が多いんだ」 「体を処理……ですか?」 「中から掻き出したり――……所で伊澄は、外部入学生だったが、男同士の知識はどこまである?」 「え、ええと……」  はっきり言って、僕には全く無かった。男同士というのだから、お互いに陰茎に触るのだろうかと漠然と考える。僕は七折委員長に、我ながら恋をしていると思うのだが、具体的な事は何も考えた事も無い。しかし床に垂れている血は、血尿などには見えない。 「……あの、この血は……その……」  どこから垂れたのだろうか? 僕は困った。無知を晒して、七折委員長に嫌われたくは無い。だが、この場でスマホを取り出して検索をするのは違う気がする。 「今日から俺が指導する。その時に説明する」  七折委員長は、言葉に詰まった僕を責める事は無かった。

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