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第4話 転入生
来る新入生歓迎会に備えて、風紀委員会の臨時会議が行われている。
その中で、桜海先輩が言った。
「そうそう。明日、転入生が来るんだって。季節外れだね」
「転入生が来る……?」
僕は首を傾げた。話によると、外部入学でも狭き門であるらしいのだが、転入生が来るというのは、数年ぶりらしい。
「伊澄君と同じクラスになるみたいだから、気をつけてみてあげてね。暫くは見回りじゃなく教室の方を重点的にお願いするよ」
桜海先輩の声に、僕は頑張って頷いた。桜海先輩は非常に美人だ。
――七折委員長の恋人だという話は、教室で聞いた事がある。
僕は七折委員長が好きだが、七折委員長の隣にいるのが桜海先輩だと思うと、とてもしっくりくるので、お似合いの恋人同士だと考えている。副委員長の桜海先輩は、みんなに非常に優しい。僕も嫌いじゃない。それからチラリと七折委員長を見ると、目があった。僕は真っ赤になってしまった。
翌日。
僕は久方ぶりに教室へと向かった。すると弥生田君と赤元君が僕を見た。
「久しぶり」
「元気だったか?」
僕が頷くと、二人は微笑していた。他のクラスメイト達は僕の方をチラチラと見ていたが、特に会話は生まれなかった。転入生が入ってきたのは、SHRの時間である。
僕はマリモによく似た髪型をしている、転入生の、簀河原奈都君をじっと見た。クラスには僕も馴染んでいないわけであり、気をつけてみると言われてもどうしたら良いのか分からないが――出来る事はしたい。簀河原くんは、分厚いメガネをかけていて、前髪も長いから、顔がよく見えない。風紀委員として指導するとすれば、髪型等の指導をすべきだろうか……?
そう考えている内に、SHRは終わり、簀河原君は僕とも席が遠いので、話す機会も無いまま、昼休みとなった。最近は、見回りの途中に購買部でパンを買っていた僕だが、本日は授業だった為、食堂に久しぶりにいく事に決めて、立ち上がる。すると簀河原君が、僕の隣に立った。
「お前も食堂?」
「う、うん」
「一緒に行こうぜ。よろしくな。えっと――名前……」
「有難う。僕は、伊澄詩乃」
「詩乃だな! 俺は、奈都!」
距離が近かった。僕の手を強い力で握り、簀河原奈都君が僕に握手した。ちょっと痛いほどだったが、入学後初めてお昼ご飯に誘われた僕は、嬉しくなってしまった。僕のほうが気をつけてみているはずが、逆に気を遣われている気になった。
「そうだね。伊澄君も一緒に行こう」
すると茶道部の、伊藤礼音くんが僕を見て柔和な笑みを浮かべた。その隣では、陸上部の、大月彼方くんも大きく頷いている。もう一人、僕と同じようにクラスメイトとあんまり話をしない所に親近感を勝手に抱いている、一匹狼という渾名(?)の、犀東雫くんも立っていた。その流れで、僕は五人で食堂へ行くという初めての経験をした。
席を確保していると、そこへ歓声が溢れた。僕が視線を向けると、扉から生徒会の役員達が入ってきた所だった。食堂ではほぼ見かけた事が無かったし、生徒会と風紀委員には二階に専用席もあるため、僕はあまり気にしていなかった。歓声だけがすごいと思う。
しかし彼らは、真っ直ぐに、僕達の席へとやって来た。
「朝ぶりですね、奈都」
そう言って最初に声をかけたのは、副会長の、本条由真先輩だった。声をかけられた奈都君は満面の笑みだった。知り合いらしいと判断したが、人気者の生徒に近づくと危険だという事を、僕は伝えた方が良いと思い出し、食事中にでも述べようと考えた。
「お前が由真のお気に入りか」
そこへ生徒会長の、寺鳥優雅先輩が歩み寄ってきた。
「気に入った」
会長は唐突にそう言い放つと――奈都君にキスをした。僕は最初、何が起きたのかわからなくて、目を見開いた。
「何するんだよ!」
奈都君が、会長を殴った。いきなりキスをされたら、殴ってしまうのは分からなくは無い。だが、問題は、僕が風紀委員であるという事である。注意をしなければ。公共の場でのキスもダメだし、暴力もダメだ。僕が口を開こうとした時だった。
「何々、かいちょーも気に入ったのぉ?」
会計の、斐川拓海先輩が、声を上げた。僕はタイミングを逃した。
「「面白そう!」」
「僕は、翠!」
「僕は、茜!」
そこに双子の庶務の、飛鳥川先輩兄弟がさらに声を挟み、奈都君の周囲を回り始めた。奈都君はポカンとしている。
「「どちらがどちらでしょうか?」」
「え……お前が翠で、お前が茜?」
「「す、すごい! 大正解!」」
ただひとり、書記の、大貫健吾先輩のみが沈黙していた。しかし奈都君を見るその表情は、朱い。
――周囲からは、阿鼻叫喚の声が漏れてくる。
生徒会役員が、奈都君に構っている姿を、信じられないように皆が見ている。
僕は風紀委員なのだから、この場を収拾しなければ……と、思うのだが、どうして良いのか分からない。
その時、大歓声が上がった。ハッとして扉を見ると、七折委員長と桜海副委員長が入ってきた所だった。
「何をしている?」
真っ直ぐにこちらへとやって来た委員長が、生徒会長に声をかけた。
「転入生を見に来た。風紀こそ何をしているんだ?」
「こちらも様子を見に来た。食堂で生徒会が暴れているという通報があってな」
七折委員長は、それから僕を見た。僕はそんな場合では無いのだが、真っ赤になってしまった。委員長はそんな僕を見ると、スッと目を細めた。
「お前はここで何をしていたんだ?」
冷たい声音が僕に向けられた。僕は、風紀委員として何もしていなかった事を指摘されたと確信して、すぐに青くなった。
「詩乃は俺とご飯を食べに来たんだ」
すると。
奈都君が声を上げた。七折委員長が腕を組んだ。僕はまさか助け舟を出されるとは思っていなかったので、狼狽えた。七折委員長は、じっと僕を見ている。それから呆れたように吐息した。
「伊澄。仕事が入ったから、こちらへ来い」
「は、はい!」
僕は慌てて頷き立ち上がった。まだ注文前だ。そんな僕に歩み寄ってきた委員長は、それから奈都君を見た。
「簀河原奈都だったな?」
「お、おう……」
「何かあったら伊澄ではなく俺に言え」
僕は、委員長にダメ委員として烙印を押された気分になった。その後、七折先輩達は二階席に行くというので、僕もついていく事になった。
昼食の場では、終始七折委員長が不機嫌そうな顔をしていて、桜海先輩は呆れたように溜息を零していた。気まずくて、僕は俯いていた。僕は本当にダメ委員だ。
会話もなく食事を終えてから、僕達は風紀委員会室へと戻った。どんな仕事が入ったのだろうかと考えていると、七折委員長が、僕の腕を引いた。桜海先輩は見回りに出てしまった。
「来い」
「はい」
きっと叱られるのだろうと思いながら、僕は風紀委員長室についていった。すると施錠してすぐに、委員長が僕の顎を持ち上げた。力が強い。そして少し屈むと僕を覗き込んだ。
「お前は、何をしていたんだ?」
「も、申し訳ありませ――」
「それは何に対する謝罪だ?」
「え?」
「俺がこれまでに昼食で食堂に行くといってもついてきた事も無ければ、名前で呼んで良いかと聞いても同意しなかったな? 何故それを転入生には許可しているんだ? ん?」
その言葉に、僕は目を見開いた。確かに、名前で呼んで良いかと聞かれた事はある。だが、想像したら恥ずかしすぎて緊張して死んでしまいそうだったので、断ったのだ。昼食にはちょくちょく委員長は食堂に行くようだったが明確に誘われた事はないし、僕はパンを買っていたから、そう言われても困ってしまう……。
「お前は誰のものなんだ?」
「ン」
委員長が僕の唇を奪った。扉に押し付けられて、僕は動けない。必死で息継ぎをしている内に、体から力が抜けてしまった。委員長が僕を抱きとめる。
「昼食は俺と食べろ。俺に呼ばせないのなら、転入生にも名前は呼ばせるな」
「……はい」
唇が離れた時、僕は小さく頷いた。委員長とご飯が食べられると思うと、無性に幸せになってしまった。結局、この日の仕事がなんだったのかは不明で、僕はそのまま委員長に抱かれた。
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