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第6話

「……お世話になります、石川です」 「待っていたよ、静くん!」  花村の晴れやかな声や態度とは裏腹に、静のテンションは低い。  手を広げ、全身で喜びを表現する花村に対し、静は不機嫌さを隠そうともしない。  喜べるはずもなかった。  あの後、官舎に帰ったら、静の荷物が運び出されている最中で、度肝を抜かれた。  花村が手配した業者と車両により、家主の許可なく引越し作業が進められている。もう何だか言葉も出ず、当直明けで疲れていたが、静は業者と一緒に引越し作業を手伝った。   静の荷物は少ない。なので夕方ごろには終わり、そのまま花村邸へと向かった。  どうやら花村も今、帰宅したばかりらしい。前の時のようにスーツを着ていた。 「ちょっと外せない仕事があって、引っ越しの手伝いには行けなかったんだ。ごめんね。でも静くんの負担にはならないよう、きちんと信頼できる業者に頼んでおいたから、早く終わっただろう? ああ、これが最後の荷物なんだね? 僕が持って行ってあげる」  肩にかけたスポーツバッグを取られそうになり、静は慌てて、自分の背中にそれを隠した。 「いい! 自分で持つ!」  鋭く声を上げると、花村をきっと睨む。ついでのように差し出された手を叩いた。  静に拒否された花村は驚いたような顔をした後、ひどく傷ついたような顔をして、表情を曇らせる。  花村の表情を見て、静はしまった、と思ってしまった。  しかし静の意に沿わないことをし続けているのは花村の方だ。ちょっと嫌な顔をされたぐらいで何を、と思い直す。 「部屋を教えてください、疲れてるんです。休ませて欲しい」 「……そうだね。ごめん、案内するよ」  しょんぼりしてしまった花村は案内するように廊下を歩いていく。明らかにしょぼくれてしまった花村の背中に罪悪感を覚えてしまう。しかしそれを振り払うように、静は頭を振った。  どれだけ広い家なのだろう。平屋建てで、和風の作りの古い屋敷はどの部屋も畳だ。 今は長い縁側を歩いている。 「ひとまずこの部屋を用意したんだ。来客者用の部屋で、長らく誰も使っていない。気に入らなければ、別の部屋に移ればいいよ」 「……ありがとうございます」  案内されたのは和室の一室である。おそらく花村が用意してくれた布団一式と運び込まれた静の荷物が整然と置かれている。  清潔な布団の白さを見ると、急な眠気に襲われる。静は何度も瞬きを繰り返した。 「明日は休みだろう? お腹が空いたら起きておいで。僕は居間の方にいるから」  相変わらず花村はしょげている。声に元気がない。静が疲れている、と言ったからか、すぐに部屋を出て行こうとした。  しかし、静にある疑問が生まれる。 (居間ってどこだよ)  部屋まで案内されている時、居間らしき部屋は見つからなかった。それにこの広い屋敷には、まだまだ部屋はありそうに思える。最悪、迷ってしまうのではないだろうか。  しかし、静が尋ねる前に、花村は部屋を出ていき、障子を閉めてしまった。  ぱたん、と寂しい音が鳴る。呼び止めようとしたが、疲労感が押し寄せてくる。  静はまだ畳まれたままの布団に突っ伏した。  何だか張り詰めていた緊張の糸が途切れた。 「もう無理、寝よう」  のろのろと布団を解く。そしてその上へ横になり、目を閉じた。  強い眠気の中、静が手を叩いた後から明らかに元気がなくなってしまった花村の様子が思い浮かんで来る。 (ちょっと露骨に態度に出しすぎたかもな……)  だが、こちらから謝るのも何だか癪だ。  静は布団に包まる。今はただ疲れており、眠気を欲していた。

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