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第9話

 花村の寝室は居間の近くにあり、そこは洋室であった。昔は花村の祖父の書斎であったらしい。  ノックしても返事がなかったので、勝手に中へ入った。  大きく古い本棚はそのまま置いてある。そのすぐ側に置かれたベッドでパジャマ姿の花村がうつ伏せで寝ていた。伸ばされた手にはスマートフォンが握りしめられている。 「……完全に二度寝だな。おい、起きろ」  静は肩を叩く。身じろぎはするが、起きる様子はない。  次に身体を揺り動かす。眉根を寄せ、不機嫌そうな顔をしただけで、目を開けもしなかった。 「こんなに起きないもんか?」  焦ったくなった静が布団を剥ぎ、手首も持って、ベッドから引き摺り出そうとした時だった。  手首を強い力で持たれ、逆にベッドへ引きずり込まれる。一瞬、何が起こったのかわからなかった静はなすがまま、花村の腕の中におさめられ、ベッドに押し倒されていた。  耐刃防護衣や無線機、警棒、拳銃などフル装備の男性警察官を引き摺り込むなんて、どれだけ力が強いのだろう。 「おい! 何を寝惚けてっ……んぅう!」  呆気に取られていると、いきなり花村に唇を塞がれ、静は驚愕した。   入り込んできた花村の舌が歯列をなぞり、逃げる静の舌を追いかける。手首はがっちりと抑え込まれ、シーツに押し付けられていた。  跳ね除けようとしても、自分よりも力の強い相手にマウントを取られている状態ではうまく抜け出せない。関節技をかけようとするが、それでは花村を怪我させてしまう可能性がある。  どうしよう、どうしよう、と悩んでいる内に巧みなキスと舌使いに意識が奪われていった。  静のキスの経験と言えば、高校生の時、当時の彼氏としたキスで止まっている。  歯がガチガチと何度もあたるような、余裕も、技術も何もないようなものだ。だが、好きな人としていたので、それはそれで気持ちよかった。  だが今は、その時とは比にもならないほどの巧みなキスを受けている。甘噛みされた舌が甘く痺れた。思わず花村の服を強く握ってしまう。 「ん、くっ、ふぁ……ぅ、んぅ」  息継ぎがうまくできず、酸欠で頭がぼうっとしてくる。  だが気持ちいい。とろけるようなキスだ。ずっとしていたいような心地になってくる。 「静……」  湿った吐息と共に名前を囁かれた。しかし怪しげに腰を撫でられた時、静は我に返った。  キスに意識を奪われている場合ではない。静は二度寝した花村を起こしにきたのだ。 「この野郎!」  静は花村を蹴り飛ばし、ベッドから叩き落とした。 「はっ、強盗⁉︎」  ベッドから落ちた衝撃で、花村は目を覚ます。  寝起きでうまく目が見えないのか、手探りで何かを探している。  静は互いの唾液でべたつく唇を腕で男らしく拭うと、花村が探しているスマートフォンを投げつけた。 「あいたっ!」 「検視だ! 電話あったろ! さっさと準備しろ!」  そう言うと急いで花村の部屋を出ていく。目の前に停車しているパトカーでイライラしながら待っていると、数分後に慌てた花村が出てきた。

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