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【2】-3

 光を眼鏡とマスクの生活に追い込んだ元凶が、何を隠そうこの堂上だ。  一見、ノーブルな紳士にしか見えないが、売れると思えばデザイナーやスタッフのビジュアルや経歴まで利用する油断できない男なのだ。  堂上自身や淳子のプロフィール写真がタレント並みなのも、その容姿が自社のイメージアップになると踏んでいるからこそだ。恥ずかしげもなく、無駄に大きくホームページに載せている。  光も過去に二回、女性誌のコラムに顔面アップ付きの記事を掲載された。ネットニュースの取材を受けたこともある。  雑誌のほうの一度目は、入社間もない頃。  二度目は昨年末の特集記事だった。  二ページ程度の短い記事に顔写真が五枚。雑誌の販売数が減っていると言われる今でも、見ている者は見ている。    最近はすぐにSNSなどで拡散される。  街中でじろじろ見られては、何か小声で囁かれることがあり、それがひどく鬱陶しかった。自意識過剰と笑われようが、嫌なものは嫌だった。  顔を隠すのはそのせいだ。  一ヶ月も我慢すれば忘れられると知っている。そうしたら、また眼鏡マスクなしの生活に戻ればいいだけのことだ。  なぜか清正は、眉を寄せたまままだ画面を睨んでいる。 「どうかしたのか」  光の問いには答えず、「とりあえず、こっちからか」とよくわからないことを呟いて、再び淳子のことを質問し始めた。 「この淳子っていう女は、デザインを盗むためにおまえに近付いたってことか……」  それはよくわからなかった。首を傾げると、清正の眉間の皺が深くなる。 「さっき『殺す』って言ってただろ。家に来て、デザイン盗んでったんだよな」  念を押されて、また悲しい怒りが胸によみがえった。 「殺したい……」 「憎い?」 「憎い!」  光にとって、自分が作るものはわが子も同然だ。  それを傷つけた相手は死んでも許せない。淳子に復讐してやりたかったが、同時に、そんなことをしてももう遅いのだとわかっていた。  死んでしまったものは生き返らない。それと同じで、もう手遅れなのだ。  きっと、わが子を殺された親はこんな気持ちなのだろうと思った。思い出すほうが辛い。だから忘れていたい。  決して忘れられないのに、本当は忘れたくはないのに、もし忘れても生涯憎しみは消えないだろうと思うのに、忘れていたいのだ。  考えると苦しいから……。  たかがデザインくらいで大げさだと笑われるかもしれない。けれど、笑われても、誰にも理解されなくても、苦しいものは苦しい。 「もう、忘れたい……」  絞り出すように言って、溢れる涙を拭いた。  いつもなら「泣くな」と言って宥めるように肩を抱いてくれる清正が、この日は黙って座っているだけだった。組んだ指に顎を載せて、怒ったように口を結んで何もない壁を睨んでいる。  不安になって、自分から少し身体を寄せてみた。 「光」  振り向いた清正が急に強く抱きしめてきて、身体が石のように固まった。心臓が大きく跳ねて、息が止まる。 「清正……?」  押し返しても、清正は腕を解かなかった。  なんだか状況がよくわからない不安と、同じくらいよくわからない切なさが同時に押し寄せて、光は動けなくなった。 「光……」  清正の腕の力が強くなる。 「清正……、痛い」  やっとの思いで訴えると、はっとしたように清正の腕が緩んだ。  身体が離れる。  息が詰まるような沈黙が流れた後、清正が一つ、長いため息を吐き出した。黙って見上げていると、ポンと軽く頭を叩かれ、そのまま髪を撫でられた。 「飯、作ってやるから泊まっていけ。汀も喜ぶし」  いつもと変わらない声で言われて、光はこくりと頷いた。  話もそれで終わりになった。

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