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【13】-4

 村山に依頼したのは大小のトレイとテッシュボックス、それに今回一番力を入れているテーブルランプの試作品だ。  ほかに同系列のデザインでグラスと水差しがあるが、こちらは硝子工房に依頼するつもりだった。食器に関しては口につける部分の質感や温度を考えると硝子を使いたい。  そのあたりは村山も同意見だった。 「この絵付けもおまえがやるのか」 「試作品だけね」 「忙しくなるな」  銀細工はかなり時間がかかるだろうから、工房に持ち込むのは最終週になっても構わないと村山は言ってくれた。  そのつもりで段取りを組んでくれるらしい。 「どうせ、納得できるまでやるんだろ」  たまに死にかけるから、できるところは協力すると言われて、正直ほっとした。  仕事の合間に作業する予定だったが、最短でも二週間はかかるだろうと踏んでいたのだ。  礼を言って工房を出る。硝子の試作品を扱う工房にも立ち寄ってから上沢の家に帰った。    帰ると早速作業に取り掛かった。  薄い銀をさらに薄くのばして小さな花びらを作ってゆく。  たくさんの花びらを集めて一つの花にする。その花をいくつも作る。  零れるように咲き誇る数千の薔薇をイメージして、細かい作業を続けた。  製品化する際には職人に頼むことになり、専門の道具を使って工程を短縮することもできるが、今は手作業でコツコツ仕上げてゆくのが一番速くて確実だった。  小さな銀色の花が集まって、パーゴラの天井を埋め尽くすアンジェラのようにきらきら光る。  光はいつもその花の下にいた。  清正と青いベンチに座って、どうでもいい話をして、本を読んで、昼寝をした。  そして……。  キスをした。  初めてのキス。  夢だったのか現実だったのかわからないまま、名前のない気持ちと一緒に心の奥に仕舞い込んで、秘密の鍵をかけた。  失うことが怖くて、本当の名前を知るのが怖くて、一番柔らかくて傷つきやすい場所に、生まれたままの想いを隠した。  忘れようとしても忘れられないまま、十年以上経っても、少しも色褪せずにその気持ちはそこにあった。  名前を与えると、それは溢れるように流れ出して光の中を埋め尽くした。  ――『恋』……。  清正を失えば死んでしまう。  この気持ちが壊れたら、きっと死んでしまう。  そうやって怯えてきた日々を一つ一つ拾うように花を作る。壊さないように、慎重に、息を詰めて、小さく繊細な花を作り続けた。

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