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【15】-3
「匂い……。おまえさ、前からそんなに鼻よかったか? 盗作|改竄《かいざん》女の時も、やけに匂い匂いって言ってたぞ」
「鼻がいいわけじゃないけど、少し前に香水瓶の仕事があって、有名な香水の香りとボトルのデザインと、あとはネーミングなんかを調べたんだよ」
それで、少し詳しくなった。
光のまわりでふだんから香水を付けているのはあの二人だけなので、自然と嗅ぎ分けられるようになったのだと説明した。
なるほど、と清正は感心したように頷いた。
「おまえ、人が知ってること知らないわりに、仕事絡みになるとやけに詳しくなるからな」
「褒めてるのかけなしてるのかどっちかにしろよ」
「褒めてるよ」
汀を撫でていた光の手を握って、清正がにやりと笑った。
「俺も何かつけようかな」
「なんで?」
「おまえから俺の香水の匂いがしたら、なんかいいじゃん」
「おまえ、やっぱりバカだな」
昼になる少し前に汀は目を覚ました。黙って頭を撫でてやると、にこりと嬉しそうに笑った。
それから清正が作ったうどんを三人で食べた。
「みぎわ、にんじんしゅき」
「天ぷらにすると、甘いもんな」
最後に一つだけ残っていたどら焼きを三人で食べた。汀が一生懸命どら焼きを三つに分けて、光と清正にも食べろと言ったのだ。
「くいも、わけっこすゆ」
「栗は汀が食べろよ」
「汀、栗好きだろ」
清正と二人で「食べていい」と強く言うと、汀は頬を赤く光らせて嬉しそうに頷いた。
まわりの餡を全部きれいに舐めてから、大きな黄色い粒をゆっくり口に入れて味わっている。「至福」という言葉の意味を体現するような、何とも微笑ましい表情だった。
午後になると、汀は絵を描き始めた。
砂のケーキのことは何も言わなかったし、もう作ろうとはしなかった。
興味を失ったのか、傷ついているのかはわからない。
絵を描くことに飽きると、それからはずっと水族館で買ったシールブックを広げて大人しく遊んでいた。
清正は一週間分の食事を作り、光は銀細工で葉の部分を作った。それぞれに自分のことをしながらゆっくりと過ごした。
清正と汀と光で、ずっと昔からこうして三人で暮らしていて、これから先も、ずっと同じように生きてゆくのだと信じたくなるような、ありふれて幸福な時間だった。
それでも、ここでの暮らしは仮のもので、汀を保育所に送った後で自分のマンションや清正のマンションに寄る度に、光はそのことを考えずにいられなかった。
これから先、いつどのようなタイミングで光は元の暮らしに戻るのだろう。
何をきっかけにして。
いつか訪れるその日を、光はどんな気持ちで迎えるのだろう。
翌日からも朝は三人で電車に乗り、A駅で清正と別れ、汀を保育所に送り届けた。出かけたついでに外回りの仕事や自宅でできることを済ませて、午後になると汀を迎えに行った。
帰宅後は公園に連れてゆき、夕方には食事と風呂を済ませて汀を寝かしつける。
清正の帰宅時間は相変わらず遅かった。
帰りを待つ間、光は銀細工の小さな花を造り続けた。ある程度花が揃うと、数やバランスを見ながらデザインの調整をした。
一つ一つの花の造形はアンジェラを模していた。
零れるように咲く五月の薔薇。
ずっと隠し続けていた……。
秘密の恋。
帰宅すると清正は必ず光にキスをした。
少し早い時間に帰った日には肌に触れ、赤い痕を刻んだ。互いの昂ぶりに触れることも教えられ、指先で辿った清正の硬い熱の感触や、自分のものを長い指で包まれた時の、どうにかなってしまいそうな苦しさも知った。
苦しくて何度も達したくなりながら、まだ達することはできなかった。ゆっくり教えると言った清正は変態なのかもしれない。
自分も苦しそうなのに、我慢していた。
キスをして、互いの身体に触れるだけで、こんなにも甘い歓びに満たされる。
清正の唇や指に触れてほしくて、もっと近くに身体を感じたくて、けれど、これ以上何をどうすればいいのか光にはわからなかった。
わからないのに、触れていたかった。
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