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【19】ー1
水曜日の夕方に聡子は上沢の家に到着した。約一カ月ぶりの自宅を一通り見て回り、満足そうに微笑む。
「家の中が、すごく綺麗。お庭もちゃんと手入れしてくれて、本当に嬉しい。さすが光くんね。どうもありがとう」
清正だけでは、とてもこうはいかない。
そう言って、手放しで光をねぎらった。
運ぶ荷物を確認するため、家の中を回っていた聡子に汀が手を伸ばす。
「サトちゃん」
「汀もいい子にしてた?」
「いいこ、ちてた」
抱き上げられてきゃあっと声をあげて笑う。聡子が汀と頬を擦り合わせる。
「ちょっと会わない間に重くなったわねえ」
「みぎわ、よんしゃい」
「そうだったわね。あ。そうだ。いいものあげようか」
汀を下ろした聡子が、テーブルに置いた紙袋から「からから煎餅」と書かれた袋を取り出した。
「おやちゅ」
「中におもちゃが入ってるのよ」
汀の顔がぱっと輝く。
フォーチュンクッキーと同じ仕組みの、甘い素焼き煎餅の中に小さなおもちゃを仕込んだ庄内土産だ。
ダイニングテーブルで一つそれを食べた汀は、中から出てきた紙の傘に満足し、にこにこしながら椅子から降りた。
「サトちゃん、こっちきて」
聡子の手をぐいぐい引っ張る。
「りゅっくとおしゃかなのおにんぎょー、あゆの」
「あら。ステキ。じゃあ、見せてもらおうかしら」
自慢の品を披露するために、汀が聡子の手を引いて自分の荷物を置いたロッカーに向かう。
二人がリビングに落ち着くと、光は食事の準備に取り掛かった。準備と言っても、清正が作り置いた夕食をレンジで温め直すだけだ。
テーブルに皿を並べて二人を呼ぶ。
「清正ったら、本当になんでも上手にやるわね」
清正の料理を口にした聡子は「私が作るより、よほど美味しい」と笑った。
「自分の息子ながら、ほんとに器用。驚いちゃうわよね」
むしろ少し呆れたように眉を上げてみせた。その顔は、どこかほっとしているようにも見えた。
「仕事も、前の部署に戻ったみたいね」
「はい」
「やっと気持ちがはっきりしてきたのかしらね。最近、声にもなんだか張りがあるし」
以前、『清正は本当にやりたいことをやれているのだろうか』と心配していた聡子は、最近の清正の変化を嬉しく思っているようだ。
急にいろいろなことに前向きになったと、嬉しそうに微笑む。
「ここにも住んでくれるって言うし、それに朱里さんとやり直すんでしょ? 汀にとっても、それが一番いいことだものね」
にこにこと続けられた言葉に、光は箸を持つ手を止めた。
「やり直す……?」
「ええ。なんだかよりを戻したんですって? お互い、嫌なところがあって別れたわけじゃなかったみたいだし、やり直せるなら早いほうがいいわよ。だけど、同じ人と再婚する時って何て言うのかしらね。復縁でいいのかしら?」
幸せそうに話し続ける聡子の顔が、どこか遠い画面の中の人のように見えた。
やり直す、という言葉だけが頭の中を何度も行き来する。
視界がぐにゃりと歪んできた。
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