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第50話

気になる話 2 「貴方に私の何が分かるって言うのよっ!!」 騒然とした店内で、男性に水をかけた女性はそう言い残してお店を出ていった。 その後、女性の行動が他のお客様のご迷惑になってしまったことをランさんと共にオレはお詫びして。他者から見ればどう考えても被害者の男性が、オレやランさんに頭を下げ謝罪をしてくれたけれど。 オレもランさんも、濡れたままのスーツを身に纏い謝る男性の姿が不憫に思えてならなかったから。 「派手にやらかしていったわね、現実世界であんな光景を見たのは初めてだわ」 騒動後の休憩時間、ランさんとの話題は3番テーブルにいた男女の話でもちきりなんだ。 「オレも、テレビの中だけだと思ってました……周りのこととか考えずに、本当にお水をかけちゃう人っているんですね」 「夜の営業でも、あんなことする酔っ払いに出会ったことはないわ……それなのに素面で相手に水ぶっかけるとはね、営業妨害にも程があるわよ」 「でも、皆さんに怪我等の被害がなくて良かったです。グラスは割れちゃったし、片付けに時間はかかっちゃいましたけど」 割れたグラスの回収や、零れたお水の拭き上げ。フロアの清掃は普段より時間をかけて念入りに行ったから、ランさんと2人でのんびり休憩を取る暇は少なくなってしまった。 「私たちから見れば、あの男性が唯一の被害者ってところかしらね。けど、実際に被害者なのかどうかは私たちには分からない」 「確かにそうですよね……数十分見てただけのオレたちには、2人の善悪を決めつける権利なんてないですし」 「そうなのよ。本当は、あの男性が水をかけられて当然のことを仕出かしていたのかもしれない……まぁ、そんな感じの人には見えなかったけど」 「礼儀正しい方でした。自分のことより周りのことが良く見えているというか、大人な対応というか……スタッフのオレより、あの男性のお客様の方が冷静だったくらいですから」 今は静かになった店内で、発注書を確認しながら話すランさんと昼食を摂るオレ。カウンターから見る景色はいつも通りに戻っているけれど、それでも何事もなかったなんて気持ちにはなれなくて。 「問題を起こしたお客様は、2人とも一見さんだったから……良くも悪くも、あの2人がこのお店に足を運ぶことは二度とないでしょう」 小さく溜め息を零して、そう言ったランさんは寂しそうに笑う。 今回の件は、オレたちにはどうすることも出来なかったお客様の問題だった、でも……それでもお客様の笑顔を見たかったと思っているのは、オレだけじゃないんだと実感する。 どれだけいい空間を提供しても、どれだけ美味しい料理を提供しても。食事をする人が不機嫌で、料理に手をつけてくれなかったら意味がない。 水浸しになってしまったのは男性だけじゃなく、彼の前に置かれていた手をつけていないパスタも無残なことになっていたんだ。 その一瞬の現場を目撃して、食せる料理が生ゴミに変わってしまう瞬間を目の当たりにして。その片付けをしたオレの心には、自分が思っているよりも大きな傷が出来てしまったんだと、オレはこの時気がついた。

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