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倦怠期って 12

俺が寝室のドアを開けると、そこは真っ暗な闇の中だった。明るい所から暗い場所へと俺の目が慣れるまで数秒間、扉を背にして佇んだ俺は星の様子を伺う。 すると、ベッドの中でもぞもぞと動く物体が布団の中から顔を出して。 「……ゆき、ぁ」 暗闇の中でも分かる仔猫の姿は、寂しげに俺を待っていた。仔猫が黒猫のぬいぐるみに抱き着き、弱々しく俺の名を呼んで。 星がまだ起きていた安堵感と、心を擽る絶妙な愛らしさが俺の中で入り交じっていく。 「独りにして悪かったな。一緒に寝てやるから、俺も入れてくれるか?」 18歳を過ぎた男に問い掛ける時の言葉ではないと分かってはいるものの、俺はつい星くんを子供扱いしてしまうけれど。 「ずっと、待ってました」 小さな声でそう言って、俺がベッドに潜れるだけのスペースをゆっくり空けてくれた星くん。そこに俺が体を沈めると、星は安心したのかステラを離して俺と向き合ってくれた。 「弘樹のこと、ほったらかしにしてリビングからいなくなっちゃってごめんなさい。オレ、弘樹と喧嘩するために家に呼んだわけじゃないのに……」 暗くても、近づくと良くわかる赤くなった目元。やはり泣いていたのかと思ったが、どうやら星が後悔していることは弘樹と同様らしい。 「それ、弘樹もお前と同じこと言ってた。けど、お前らの場合は喧嘩するほど仲がいいってことだと思うぞ」 華奢な身体を抱き竦め、俺は星にそう言ってやる。 傷つけることを恐れずに、本音を言える相手。 反省も後悔もするけれど、その分相手のことを思い合える気遣い無用の付き合い。 星が寝室に閉じこもってしまった時は、弘樹に対して苛立つ気持ちの方が強かったのかもしれないが。時間をおいてこうして寄り添ってやれば、星にとって弘樹は親友のまま変わらない存在なんだと思った。 幼い頃から、星とずっと一緒にいた幼馴染。 同じ道を歩き続けていると思っていた弘樹が、高校を卒業して星とは違う意味で大人になっていた。それが星には気に食わなくて、でもそのうち俺の助けを得なくてもこの2人は仲直りするんだろうとも思う。 「オレ、明日弘樹に謝ります。弘樹には弘樹の考えがあるんだろうし、ちょっと言い過ぎちゃったかなって……雪夜さんにも、いっぱい迷惑かけちゃってごめんなさい」 ボソボソと、布に擦れてくぐもった声で星は俺に対しても謝ってきて。 「俺は気にしてねぇーから、お前の気持ちが落ち着いたならそんでいい。それに、星くんは俺のこと気遣ってくれるからな。俺は、お前のその気持ちがあれば充分だ」 星を子供扱いし過ぎていることに俺は自分自身で反省しつつ、それでも星くんの頭に伸びる俺の手は止められなかった。 普段なら、星はもうとっくに寝ている時間だから。艶やかな黒髪を撫でてやると、星の呼吸音が徐々にゆったりとしたペースに変わる。星が穏やかに眠れるように、今度は優しく背中をポンポンとしてやれば、星の瞼は自然と閉じていく。

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