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倦怠期って 13

可愛いがすぎて、つい甘やかしてしまう。 子供のような幼い寝顔、安心しきった表情で俺の服を握る小さな手。 高校を卒業したといっても、コイツはまだ社会に出たばかり……俺もそう変わりはないが、成人済かどうかの違いは地味に大きい。日々成長していく星の姿を見ていると、俺はよく分からない焦りを感じる。 こうして触れ合っていることに満足して現状を維持しているつもりでも、何かが抜け落ちている気がしてならない。しかし、その何かが何なのかは自分でも明確な答えが見つからなくて。 後先考えずに突っ走れるだけの若さがある弘樹と、見えない明日に怯えている俺。弘樹と自分を比較してみて気づいたことは、自分でも気づかぬうちに余計なことまで考えて生きるようになっていることだった。 そんな俺の考えが良い結果を招き入れてくれることもあるが、それだけとは限らない。弘樹の言っていた通り、人は先を見過ぎてもそのうち怖気づいてしまうのだろう。 それならば一層のこと、何も考えずにその場しのぎで生きてくのも悪くは無いのかもしれないけれど。そのような博打が打てるほど、俺はもう若くないのだと思った。 社会に出てしまえば、必然的に付いてくる責任。成功しても、失敗しても、その失敗をカバーするのも、全てが己に掛かってくる。それを全部受け入れて、それでも自分が思うように、やりたいように生きていけるかと聞かれたら、俺の答えはNOだから。 守るべき人がいるということは、その分背負うものを多くなるのだと。分かってはいたが、俺は弘樹の一件で改めて考えさせられた。 ただ、今のところは倦怠期と無縁な日々を過ごしている俺と星くん。些細な痴話喧嘩をすることはあるけれど、それも戯れ合い程度だ。 他人から見れば、平穏過ぎるくらいに波のない日常。それがいつしか、退屈だと感じる日が俺たちも訪れるのだろうか。 お互いの存在が当たり前になり過ぎて、そのうち会話もなくなって。部屋の中に漂っている空気と何ひとつ変わらないくらいに、愛しい人の存在が見えなくなる日が来てしまったら。 俺の存在より、他人から得る刺激を恋しく感じる日が星くんに来てしまったとしたら……俺は、俺はもう生きていけないだろうと。 暗闇の中でそこまで考え、そしてようやくまたいらないことを考えている自分に気づく。 抱き締めているこの温もりが、いつまでも消えないように。例え皺が増えたって、艶やかな黒髪がシルバーヘアになったって。どれだけ年老いてしまっても、姿形が変わってしまっても。 ……俺は、お前を離したりしないから。 だから、どうか俺を愛し続けてほしい。 なんて。 女々しくて身勝手な思いだけが溢れ出し、俺は眠っている星の唇にそっとキスを落とした。 俺がもう少し若かったら、睡眠中の星をこのまま襲うこともあるんだろうが。やはり、無駄なことを考えてしまう今の俺は、自分の単純な欲求よりも星の明日を優先した。

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