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倦怠期って 14

余計なことまで考えて、その思考が巡り巡っていくうちに気がつけば意識が遠のき、そして朝を迎える。 「……いねぇー、俺が欲しいのはお前じゃねぇーよ」 目覚めて早々、俺の目の前にあったのは黒い塊。星くん代わりのステラに顔を埋めて眠っていたらしい俺は、息苦しさを感じて目が覚めたけれど。 毎朝、俺を起こしてくれる優しい星の声が今日は何処からも聴こえてこなくて。俺は部屋の中を見渡した後、少しの寂しさを感じながらステラをベッドの端に投げ捨てた。 星と良く似た大きい瞳、混じり気のない透き通ったその瞳に俺だけを映し出し、ステラはベッドに横たわったまま何も語ることはないのだが。 「そんな目で見んな、俺も疲れてんだ……ぬいぐるみのお前にまで優しくできるほど、俺は出来た人間じゃねぇーの」 ……朝っぱらからぬいぐるみと会話する頭がおかしい男、それは俺で間違いない。 けれど、寝不足気味の頭でも星とステラの違いくらいは分かる。俺にもう少し余裕があれば、もう少し大人だったなら……ぬいぐるみにも、優しく「おはよう」と声を掛けてやることができるのだろうか。 そんなことを思いつつ、俺はベッドから上半身だけを起こすと目に掛かる前髪に触れていく。 自毛なのに、相変わらず色素の薄い髪。 俺が好きな星の髪は、サラサラしていて艶があるのに。俺の毛質は柔らかいのか、フワッとしていて気色が悪い。 それなら短く切ってしまおうかと思い、中学時代は何度か試したこともあったけれど。切ったら切ったで収まりが悪いこの髪の扱いは、酷く面倒だった。 結局、重苦しく感じない程度に適当に伸ばして。邪魔なら結ってしまえばいいと、俺の髪は面倒くさがりの究極体を作り上げていた。 そうして、今日も視界を妨げる前髪を左手でかきあげた俺は、微かに聴こえてくる星と弘樹の笑い声に耳を傾ける。 昨日の夜はどうなることかと思ったが、次の日の朝になれば喧嘩したことも笑い話になるらしい2人。しかしそれは、お互いに意地を張らずに謝ることができる素直さがあるからこそなんだろう。 何から何まで、俺にはないものを持つ星が愛おしい。大きな瞳も、真っ黒な髪も、素直な心も、俺だけが知る乱れた姿も、全部……俺は、星の全てが好きだ。 寝室とリビングの壁を挟んで、笑い合う2人が向こう側にいる。それに安堵する感情と、湧き上がる寂しさは今の星には届かないから。 「……ごめんな、やっぱお前で我慢しとくわ」 今このタイミングで俺がリビングへと出ていってしまったら、俺は2人の邪魔になる。そう思った俺は、片腕を伸ばして投げ捨てたステラを抱き寄せた。 一旦は体を起こしたものの、俺は動くに動けない。 ベッドの上で大の大人がぬいぐるみを抱き締め、今から二度寝しようかと考える姿は見るに堪えない悲惨なものなんだろうとか。 ……俺がステラを抱いているこの状態で、寝室のドアが開いたらもっと悲惨じゃねぇーかとか。 アホなことを思いつつ、俺はステラを抱いたまま再び布団の中へと逆戻りしていった。

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