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 その日は毎朝テレビでやっているランキング形式の星占いで最下位だった。  仕事が上手くいかなかったのも、アポを取っていたクライアントに約束をすっぽかされて待ちぼうけを食らったのも、その星占いのせいにはしたくなかったが、どう考えてもそのせいだとしか思えない事ばかりが俺の身の回りで起こっていた。  ラッキーアイテムは“チョコレート”  あまり甘いものが好きじゃない俺にとっては、アテにもならないアイテムだ。  仕事終わりに半ば自棄気味に行きつけのバーで飲んで、いつもよりも多めの酒量にハイテンションになりながら帰宅する途中、本日最後の“爆弾”が落ちて来た――いや、拾ってしまったと言った方が正解か。 「――そこのイケメンのお兄さん!」  洒落た飲食店が建ち並ぶ石畳の通りで、不意に声を掛けられて足を止めた。  “イケメン”と呼ばれて振り向くのは自意識過剰だと言われればそれまでだが、誰しも可愛らしい声でそう声をかけられれば自分のことだと勘違いするだろう。  そう――俺もその一人だった。 「そうそう!そこの今、足を止めたお兄さんっ」  もう一度呼ばれて振り返ると、テナントが入った商業ビルのタイル張りの壁に凭れたまま、片手をヒラヒラと振っている可愛らしい女――いや、どう見ても男がいた。  だぼっとしたサイズのパーカーにダメージジーンズ、足元にはハイカットのスニーカーというスタイルで、金色に近い髪をラフに散らして、左耳にはリングピアスを付けている。  見るからにストリート系なチャラい青年――俺の中では未成年という認識はなかった――が、俺の方に満面の笑みを浮かべて愛想を振りまいている。  二十二時を回ったこの時間、ゲイのウリ専が立つとよく聞くこの場所で、このヴィジュアルの青年に声をかけられたとなるとまさしく自分を売り込むためなのだろう。  俺はバイセクシャルではあるが、今は面倒な女と付き合うよりも後腐れなく遊べる男と寝ることの方が多かった。もちろんバリタチとして、鬼畜めいた言葉を浴びせながら相手をさんざん啼かせることで快楽を得るという特異体質だ。  照明が途切れた薄暗がりで顔はよく見えないが、少しだけ近づいてみると輪郭がはっきりしてくる。  色白で作りは女性らしい小ぶりなものだ。美人というよりも愛らしいと言った方がピタリとはまる。 「――俺?」 「そう!お兄さんっ」 「何?今日の俺、すこぶる機嫌悪いから気を付けた方がいいぞ」 「面白いじゃん。俺がその機嫌直してあげようか?」  壁から背中を離して、パーカーのポケットに手を突っ込んだまま近づいてきた彼をまじまじと見つめる。  近くで見れば肌のキメは細かく、睫毛も長い。くっきり二重の奥の栗色の目がやけに色っぽく見えるのは、俺が酔っぱらっているせいだろうか。 「――いくら?」 「は?」 「お前、いくらだって聞いてんの。ビョーキとかないよな?」  青年は一瞬ポカンとしていたが、すぐにブハッと吹き出して腹を抱えて笑い出した。  その姿に、俺の機嫌がもうワンランク下がったのは言うまでもない。 「はははっ!面白いね、お兄さんっ。最高~っ」 「何が面白いんだよ」 「俺、自分売ってないから。ただのナンパ!」 「変わんね~だろ。――で。どーするんだ?俺と寝るのか、寝ないのか」 「寝てもいいよっ!じゃあ、行こうかっ」  即答した彼は周囲の目を気にすることなく、俺の腕に自分の腕を絡ませて歩き始めた。  ふわっと香った軽めの香水が妙に遊び慣れた感じに思えたが、今日の俺にしては上々の獲物だと腹を括った。 (あの星占いもアテにはなんないな……)  あと二時間ほどで日付が変わるこの時に、今日一日の災いを覆すかのような出会いをくれた神に感謝すべきだろう。あれほど酷いことがあった後での“ご褒美”にしては少々良すぎる気もするが……。  しかし、相手が男でも美人局(つつもたせ)や悪徳デートクラブなどの理不尽な高額請求、昏睡強盗のセンも捨てきれない。  こういう時はその辺のホテルよりも自分の部屋の方が都合がいい。  簡単に逃げることも出来ないし、非常時には警察も呼べる。  俺の思惑はもちろん口に出すことなく、上手い理由をつけて部屋に向かうことを了承させると、すぐにタクシーを拾った。

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