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第1-1話捕らわれた吸血鬼

 ハァ、ハァ……と肩で息をする。  こんなに息苦しく喘ぐのは、いつぐらい振りだ?  地に膝をつき、光の糸で身を囚われ、ただ目の前の男を見上げることしかできない今。  俺は悔しまぎれに引きつる頬で笑うしかなかった。 「……お前の勝ちだ、ミカル」  男の名を呼べば、凛々しくも柔和な顔立ちがわずかに歪む。  ミカル・アルゲッティ──漆黒の髪を持つ俺とは正反対の、まばゆく赤みがかった金髪を首筋へわずかに垂らした、腹立たしいほど高潔な男。  人間を安堵させる柔和な笑みを浮かべながら、この男は淡々と俺たち魔の者を追い詰め、えげつない術を繰り出す。情けなど一切ない。元が人間であったとしても、魔に堕ちた者への救済は死だけだと言わんばかりに。  退魔師特有の襟を詰めた藍色の服に、白い手袋。その手には俺が愛用してきた東方の剣があった。  俺が魔の者となり、退魔師どもから今まで生き延びられた要因だった剣。これさえあれば誰にも負けることはなかった──それを知っていたから、ミカルは最初からこの剣を奪いに来た。  俺と俺の従者だけなら、それでも逃げ切ることはできた。  だが他の奴らを守りながらとなれば自在に動くことは叶わず、逃がすために俺が囮となり、コイツに追い詰められてしまった。事前に術の罠を幾重にも仕掛け、私の力を削ぎ落し、ついにはこうして膝を折らされてしまった。  ミカルが俺の元へ近づき、静かに見下ろす。 「吸血鬼の王、カナイ……ようやく捕らえましたよ。どれだけこの日を夢見たことか……」 「フン……お前は退魔師に成り立ての頃から、ずっと俺に挑んできたな。十年か?」 「十三年です。二百歳を超えた貴方からすれば、些細な違いでしょうが──」  おもむろに伸ばされた手が、俺の顎をクイッと上げる。 「この三年が大きかった……今の立場を手に入れ、術と知識を身に着け、必要な準備を終えた──絶対に逃がさない」  切れ長の青い目が細まり、視線で俺を射る。この命どころか魂すら消し炭にしたいのだろうか。  ここまで頑張った人間に、もうこの身をくれてやってもいいか。  一瞬俺の胸に投げやりな感情が走る。だが、 「カナイ様!」  突如、聞き慣れた低い声で呼ばれたと思えば、俺の胴体へ飛びつき、地を蹴ってこの場を離脱しようとする者が現れた。  俺を捕らえていた結界を力づくで破り、俺を連れ出したソイツからは、濃厚で鮮やかな錆のにおいがした。 「ヒューゴ……っ! なぜ来た? 俺は捨て置けと言ったはずだぞ!」  弾かれたように顔を上げれば、精悍な横顔に必死の形相が浮かび、血に塗れていた。剥き出した歯から覗く鋭い犬歯。焦げ茶色の短髪から生えた狼の耳。俺に怒鳴られて、金色の目が苦しげに細まる。  人狼のヒューゴは俺の忠実な僕。  いつだって俺の言うことを聞いてくれた──それなのに、この大事で逆らわれるとは。  睨みつける俺をたくましい腕で抱えながら、ヒューゴは短く首を横に振る。 「貴方様がいなければ、遅かれ早かれ全滅する……皆の総意です。そしてクウェルク様の命でもあります」

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