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第1-2話捕らわれた吸血鬼

 クウェルク様。その名を出されて俺は口をつぐむ。  人間どもは俺を王と呼ぶが、それは人を欺くために騙った肩書き。  本来の俺など、ただの吸血鬼。  真の王は──魔物を統べる王はクウェルク様だ。  王の決定に逆らうことなどできない。俺は無謀な奪還をするしかなかったヒューゴの頭を撫で、ささやかながら労う。 「……わざわざ済まない。皆、避難は終えたのか?」 「はい。後はカナイ様だけです」 「そうか。それなら──」  俺を降ろして走らせろ。ともに逃げるぞ──と気持ちが固まりかけた時だった。  後ろから俺の背に何かが投げつけられる。  刹那、俺の全身に激しい痺れと閃光が走った。 「うあぁぁ……っ!」  背中の感触から、小さな石を繋いだ物がぶつけられたのは分かった。  恐らく退魔師の首飾り──聖石を連ねて作られたそれは強力な結界となる。  誰が投げつけたのかは考えるまでもない。  膝をついてしまった俺の腕を掴み、体重をかけて俺を地面へ抑え込んでくる。  どうにか首を捻って忌まわしいその顔を見れば、ミカルが険しい顔をして俺を捕らえていた。 「カナイ様っ! 今お助けを……っ!」 「来、るな、ヒューゴ……っ……行け……お前は、生きろ……頼む、から……っ」  上からの圧迫に喘ぎながら俺は必死にヒューゴへ訴える。  足を止め、俺に手を伸ばして駆け付けようとするヒューゴを、ミカルが声を低くして冷たく言い放つ。 「たかが下僕の人狼が、私に敵うとでも? 貴方を一瞬で滅してみせましょうか?」  挑発されてヒューゴが「く……っ」と悔しげに声を詰まらせる。  悔しいことにミカルの言っていることは真理だ。この男は強い。満身創痍のヒューゴが敵う相手ではない。 「行け……っ、俺の元から、追い出されたくなければ……っ」  力の入らない体へ鞭を打ち、どうにか俺は指示を出す。  ヒューゴは俺に付き従うことがすべてのような奴だ。到底俺の言葉は呑めるものではないだろう。  それでも俺のために無駄死にはして欲しくなくて、必死に逃げるよう訴えれば、わずかに瞳を潤ませた後、ヒューゴは俺に背を向けて走り去った。  姿はすぐ闇に紛れて見えなくなったが、離れていく気配をまだ感じる。  絶対に追わせたくなくて、俺は手を動かし、腕を捕え続けるミカルの袖を掴んだ。 「お前の相手は、俺だ……っ……少しでも隙を見せてみろ……その首、噛み千切ってやる」  圧倒的不利な状態からの牽制。  ミカルから返ってきたのは──小さな微笑だった。 「隙なんて見せませんよ……ようやく貴方を手に入れたというのに、逃がすような真似はしません」  そう息をつきながら答えた後、ミカルが俺の耳元で囁く。 「私の手から、絶対に逃がしませんから……カナイ」  やけに湿った、熱い声。  耳を通して俺の中へと入ってきたミカルの声に、体の芯まで絡まれ、すべてを奪われたような気がした。

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