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第2話入念な準備?

   ◇ ◇ ◇  目を覚ましたのは、宵の刻へ入り立ての頃──闇を生きる吸血鬼にとっては早朝に等しい──だった。 「……ん……」  見慣れぬ赤い天蓋が寝起きの視界に入ってくる。  ゆっくりと辺りを見渡すと、左右の視界に白いシーツが広がっており、立派な寝台へ寝かされていることを知る。  蝋燭が灯された部屋も造りがいい。大きな窓を遮る分厚い臙脂色のカーテン。淡い夕焼けのような色の明かりに染まった乳白色の壁。警戒心が強くても安堵感を覚えてしまう部屋だ。  来賓用の寝室だろうか? てっきり牢にでも入れられると思っていたのに。  どういうつもりなんだ、あの男は。  顔をしかめながら体を起こしかけ──手足が動かせないことに気づく。  頭だけ動かして手を覗き込めば、手首に聖石を連ねたものが絡められていた。  魔を抑え込む聖石。おそらく両手足に取り付けられたのだろう。俺を逃がさないために。  完全に捕らえられてしまったことを実感して息をついていると、飴色の扉が静かに開いた。 「ああ、目を覚まされましたか。おはようございます。気分はいかがですか?」  まるで待ち望んでいた遠方からの来賓でも迎えるような笑顔で、ミカルが俺に話しかけてくる。  つい昨日まで死闘を繰り広げていた相手に向ける顔じゃない。  ……ようやく憎き宿敵を捕らえられたと歓喜しているのか、思わずそんな顔をしてしまうほど。  捕らえてさっさと殺さないところを見ると、どうやらジワジワといたぶり殺す気でいるのだろう。  好きなようにすればいい。この男に掴まった時点で、無事でいられるとは思っていない。  俺はフッと鼻で笑いながらミカルと目を合わせる。 「そうだな、ここ最近ずっと追われ続けてまともに休めていなかったからな。こんな寝心地のいい寝台で眠ることができて最高だ」 「気に入ってくれましたか。貴方のためにと思い、前々から職人に作らせた寝台ですから──おや、どうかしましたか?」  さらりと気になることを言われ、俺の頬が引きつった。 「……俺のために寝台を作らせていた?」 「ええ! ずっと貴方を我が屋敷へ迎え入れたかったのですよ。ようやく念願が叶いました」  高度な嫌みかと一瞬思う。だが瞳も表情も輝かせ、うっすらと頬を紅潮させながら答える様子から、心から喜んでいることが伝わってくる。  あからさまに歓迎されている。  人間をやめて二百年。ここまで理解しがたい者に直面したのは初めてだ。  得体の知れなさに心底警戒と困惑する俺をよそに、ミカルは寝台へ近づき、縁へ腰かけて俺の足首へと手を伸ばす。 「このような処置をして申し訳ありません。今、動けるようにしますから」  そう言いながらミカルは俺の足を封じていた聖石を外してくれる。  じゃらり、と解放された瞬間、足が浮き上がりそうなほどの軽さを覚えた。 「どうかあちらのテーブルで話をさせて頂けませんか? お願いします」  足に自由は与えたが、手は封じたまま。反撃の隙を与える気はないらしい。  丁寧な物腰ではあれど、対等な扱いはしていない。あくまで俺は囚われの身。  そのことに少し安堵感を覚えつつ「分かった」と頷く。するとミカルはおもむろに俺の背へ手を差し入れ、体を起こすのを手伝ってくれた。  優しさすら感じる手つきに、思わず俺の背がぞわりと震えた。 「気安く触るな。一人で起きられる」 「しかし、その状態では両手を使えませんから、起き上がりにくいかと──」 「手が使えずとも体は起こせる。俺を二百歳の老人とでも思っているのか?」  俺が不快感を露にすると、ミカルは「失礼しました」と苦笑を浮かべる。  心なしか残念そうな気配に俺の心が煽られる。苛立ちで狂ってしまいそうな理性を落ち着かせながら、俺は体を起こし、部屋の窓際にあるテーブルとソファの元へ向かった。

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