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第26-1話俺も翻弄される側
グッ、とミカルの指がビクトルの腕へ食い込む。
かなり力が入っているというのに、強靭な筋肉に弾き返されない握力。物腰柔らかな外見からは想像がつかない。
少し頭が冷えたのか、ビクトルは舌打ちしながら俺から手を離す。
そして俺とミカルを交互に睨みつけてから鼻を鳴らした。
「フン、俺はお前たちから絶対に目を離さないからな。遅かれ早かれ協会はミカルを除名するだろう。そうなればカナイの始末も時間の問題……覚悟していろ」
ビクトルが踵を返し、強く足を踏みしめながら部屋を出ていく。
小さな息をつく俺にミカルが近づき、ぼそりと囁く。
「申し訳ありません。ビクトルはいつもこんな短慮な男ではないはずなのですが……本当にカナイが彼に何かしたのですか?」
「さてな。お前はどう思う? 俺を疑うか?」
「疑いませんよ。そんなことを疑っても、意味はありませんから」
手に取るように心が見えたビクトルから、まったく読めないミカルへと替わってしまった。厄介なほうが来てしまったとため息を吐き出す。
俺の気持ちはよく分かると言いたげに、ミカルが苦笑する。
「もしかして、私は来ないほうが良かったのですか?」
「ビクトルのほうが分かりやすくて楽だからな。頭に血が上っているおかげで、思いがけず色々な話を溢してくれる」
「私もカナイが尋ねてくれるなら、喜んで教えますよ?」
「お前は分かりにくいから、真偽の区別がつきにくい。それに距離が近い。下心もある。接しにくくてたまらん」
俺の本心を正直に暴露してやると、ミカルは「困りましたね」と息をついた。
「貴方と分かり合いたいのに、それが裏目に出てしまうとは……やり方を変えて、もっと分かりやすくしましょうか」
ミカルの手が俺の肩を掴む。そして唇が耳に触れるか触れないかの所で話し出す。
「私のことが少しでも分かるよう、体を重ねてみますか? 互いに体と命を預け合えば、今よりも私のことが分かるようになると思いますが」
咄嗟に俺は耳を押え、ミカルへ振り向く。
戯言を言うなと口を開きかけ、間近になったミカルと目が合い、思わず固まる。
目が笑っていない。本気の言葉だ。
手を離せと跳ねのけることも忘れて、俺はミカルを睨む。
「お前は俺をどうしたいんだ? 人が誘えば拒み、そのくせ抱きたい素振りを見せて……俺が喜んでお前に身を任せると思うか? 欲しいなら奪え。俺の心がお前になびくなどという奇跡は期待するな」
「……貴方から奪えるはずがないでしょう。私は遠回りでも話を重ねて、少しずつ私を知ってもらい、その奇跡が起きることを待つしかできない。時間がなくても、不可能だろうという予感しかなくても──」
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