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第26-2話俺も翻弄される側
まるで自分へ言い聞かせるようにミカルが呟く。
ああ、イライラしてくる。
この男と向き合っていると、長く生きて動じにくくなっていた心や感情が煽られてしんどい。
人であった頃と同じような精神では、長く生きることは苦痛でしかないのに。
どうしようもできない現実に嘆き、力を得ても変えられない状況を悲しみ、非情な現実に心を痛める──もう諦めたことを思い返させてくる。
心を敏感にしてしまうと、生きることが苦しくなってしまう。
俺を昔に戻すな。
相手が魔の者であれ、人であれ、見捨てられなかったあの時に──。
ずっと俺を凝視し続けていたミカルの眼差しが、フッ、と和らいだ。
「どうぞ、私の戯言は聞かなかったことにして下さい。貴方が自分を犠牲にせず過ごして下されば、それで十分ですから」
どこまでもミカルは俺にとって都合の良いことを口にしてくる。それが掴み所の無さに繋がっているとは思いもしていないのだろう。
このまま無視して離れればいいのに、俺の口は余計な言葉を漏らす。
「……嘘つきが」
一瞬ミカルの瞳が揺らぐ。
踏み込んだことを言ったと気づいた時には、既に遅かった。
ミカルは首を伸ばして俺の唇を奪う。
強く唇を押し当てたと思えば、吸血の牙へ恐れもせずに舌を挿し込んで俺の口内を弄ってくる。
知りたくもなかったミカルの熱情が伝わってきてしまう。
ずっと欲していたものをようやく手にしたという喜びと、絶対に手放してなるものかという必死さ。
こんなにこの男は余裕がなかったのかと思い知らされ、ため息をつきたくなってくる。
コイツが分からない。分かってたまるか。
俺は苛立ちのままミカルの唇に噛みついてやる。血の味が広がり、ミカルから小さな呻きが零れる。
だが、それでもミカルは俺を離しはしなかった。
滲む痛みを気にも留めず、流れる血を舌に絡めて俺に味あわせてくる。
俺の本能を煽りながら、淫らに絡む舌の動きとわずかなバラの香りが力を奪ってくる。
「……ぅ……ン……」
思わず声を漏らしてしまい、羞恥の熱が頭へ集まってくる。
もう離れてくれ。頼むから──無力な手でミカルの胸を何度か叩いて訴えれば、ようやく唇を解放してくれた。
噛まれて赤くなった自身の唇を舐め、ミカルは妖しく微笑む。
「少しは私のことが伝わりましたか? 今度から食事はこうして与えましょうか?」
「……っ……や、めろ……またやるくらいなら、飢え死んでやる」
「それは困りますね。貴方には健やかでいてほしいのに……戯れはこれくらいにしましょうか。ビクトルのことがありますので、失礼しますね」
言いながら俺の頬をキスで摘まみ食いした後、ミカルはようやく部屋を出ていった。
一気に静けさを取り戻した部屋の中、俺の動悸だけがうるさく響いて聞こえた。
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