36 / 87

第27話理不尽の連鎖を止めたのは

   ◇ ◇ ◇  森が赤い。  夜空が燃えている。  民家からは悲鳴が聞こえ、村の方々から俺を探す声がする。  ひどい有り様だ。  俺という魔の者を始末するために、火を放ち、森や村を焼いても構わないなど、あっていい訳がない。  俺が奴らに殺されてやれば、被害を大きくすることだけは防げただろう。  だが、それは俺の時だけだ。他の魔の者に対してすることは変わらない。被害はまずなくならない。魔の者が滅ばぬ限りは。  こんな無情なことを平気でやれる者どもに、この身を差し出すなど無理だ。  だから俺は逃げてきた。生き続けるだけ苦しむ者を増やすと分かっていたとしても──。  奴らの非道には反吐が出る。  しかし俺が無害かと言えば、それはまた話が違う。  俺の糧は人間の血。人外へとこの身を変え、力を得た代償だ。  特に逃亡して力を使い続けている時は、ひどい飢餓が俺を襲う。  目の前に家を焼かれ、泣き喚くしかできない幼子を前にしても、胸を痛めるよりも先に飢えを満たしたい衝動に駆られてしまう。  何度そんな場面に出くわしただろうか。  その度に俺は手を出しかけ、堪え、可能な限り安全な場所へと批難させてきた。  理不尽に奪われる苦しさは、嫌というほど味わってきた。  だからこそ俺はそうしたくはなかった。俺を苦しめてきた奴らと同じことをしたくなかったから。  いつだったか。  呆然と見上げる子供の前で、俺は涙を流してしまったことがある。  己の無力さと、歯痒さと、人が人へ与えた理不尽な出来事と、憐れな子を食事としてとどめを刺したがる本能が入り混じって、不本意ながら涙を見せた。  あの時ほど魔の者であることを嘆いたことはない。  元は人であったというのに、人を糧にし、人から追われなければいけない。  心は人だった時のままで、人外の生き方をしなければならない。  憐れなその子を助けてやりたいと思うのに、そんな人として当たり前のことすらできなくなるなんて──と。  この葛藤が減ってきたのは、つい最近のこと。ほんの数年前。  ミカルが力をつけ、協会での影響力を強めた頃と重なる。  人に対しての理不尽がかなり薄まり、奴らに節度が生まれた。  その分、分散されていた力は魔の者へ効率よく与えられ、俺たちは苦しめられた。  正直、腹は立った。  しかし同時に、心の奥底ではありがたいと感じていた。  俺だけに力が向けられるなら、それで構わない。  理不尽に苦しむ者が後を絶たないという連鎖が止まるなら、こっちも気が楽になる。  我が身のことだけ考えればいいのだ。状況的には不利なはずだが、心は救われる。  つまり俺は、ミカルに救われたということ──。

ともだちにシェアしよう!