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第27話理不尽の連鎖を止めたのは
◇ ◇ ◇
森が赤い。
夜空が燃えている。
民家からは悲鳴が聞こえ、村の方々から俺を探す声がする。
ひどい有り様だ。
俺という魔の者を始末するために、火を放ち、森や村を焼いても構わないなど、あっていい訳がない。
俺が奴らに殺されてやれば、被害を大きくすることだけは防げただろう。
だが、それは俺の時だけだ。他の魔の者に対してすることは変わらない。被害はまずなくならない。魔の者が滅ばぬ限りは。
こんな無情なことを平気でやれる者どもに、この身を差し出すなど無理だ。
だから俺は逃げてきた。生き続けるだけ苦しむ者を増やすと分かっていたとしても──。
奴らの非道には反吐が出る。
しかし俺が無害かと言えば、それはまた話が違う。
俺の糧は人間の血。人外へとこの身を変え、力を得た代償だ。
特に逃亡して力を使い続けている時は、ひどい飢餓が俺を襲う。
目の前に家を焼かれ、泣き喚くしかできない幼子を前にしても、胸を痛めるよりも先に飢えを満たしたい衝動に駆られてしまう。
何度そんな場面に出くわしただろうか。
その度に俺は手を出しかけ、堪え、可能な限り安全な場所へと批難させてきた。
理不尽に奪われる苦しさは、嫌というほど味わってきた。
だからこそ俺はそうしたくはなかった。俺を苦しめてきた奴らと同じことをしたくなかったから。
いつだったか。
呆然と見上げる子供の前で、俺は涙を流してしまったことがある。
己の無力さと、歯痒さと、人が人へ与えた理不尽な出来事と、憐れな子を食事としてとどめを刺したがる本能が入り混じって、不本意ながら涙を見せた。
あの時ほど魔の者であることを嘆いたことはない。
元は人であったというのに、人を糧にし、人から追われなければいけない。
心は人だった時のままで、人外の生き方をしなければならない。
憐れなその子を助けてやりたいと思うのに、そんな人として当たり前のことすらできなくなるなんて──と。
この葛藤が減ってきたのは、つい最近のこと。ほんの数年前。
ミカルが力をつけ、協会での影響力を強めた頃と重なる。
人に対しての理不尽がかなり薄まり、奴らに節度が生まれた。
その分、分散されていた力は魔の者へ効率よく与えられ、俺たちは苦しめられた。
正直、腹は立った。
しかし同時に、心の奥底ではありがたいと感じていた。
俺だけに力が向けられるなら、それで構わない。
理不尽に苦しむ者が後を絶たないという連鎖が止まるなら、こっちも気が楽になる。
我が身のことだけ考えればいいのだ。状況的には不利なはずだが、心は救われる。
つまり俺は、ミカルに救われたということ──。
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