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第31話慣れ

   ◇ ◇ ◇  ミカルに捕らわれてから、ひと月ほどが経った。  風呂と排泄以外は部屋に閉じ込められ、ミカルとのやり取りを繰り返す日々。  昼間は無理やり起きて、短いながら外の小動物を操り情報を集め、地下室に捕らわれているクク──本当は魔の者の王クウェルク様だが──と時折借り物の体で密会し、情報の共有を重ねていった。  退屈はしなかった。やるべきことがあり、俺はミカルに体と心を狙われていたせいで、寝ても覚めても油断できなかった。  振り返れば、なんとも濃い時間を過ごしていると思う。  吸血鬼になってから、ここまで誰かに近づかれて向き合うことなどなかった。  俺の気持ちは変わらない。  ミカルを出し抜き、ここから逃げ出して同胞たちと合流する。どれだけミカルに口説かれても、この考えが揺らぐことはない。  ただ、ミカルという人間に慣れてきた。  俺を愛しているというこの男との会話も、食事も、風呂も──下心を見せる時は多々あるが、押し倒して強引に自分のものにしてくることはなかった。  その欲情を抑えている褒美でも貰うように、俺へ口づけることはあるが……挨拶の範囲内だと自分に言い聞かせ、割り切っている。これぐらいは許容範囲内だ。文句は必ずぶつけているが。  やり取りを続ければ、否が応でもミカルのことが分かってくる。  退魔師としての力を維持するためにバラの力を借り、その微香を含ませた血も、毎日口にしてきたせいで、香りが気にならなくなってきた。  魔の者にとって毒であるのに耐性がついてきたらしく、ミカルの血を飲んだ後の倦怠感を感じにくくなってきた。  もしかすると俺はミカルの血で強くなったのかもしれない。  前よりも退魔師どもの術に耐性ができたならば、これほどありがたいことはなかった。  脱出の準備を進めながら、内心俺はほくそ笑む。  俺に力を授けてくれて感謝するぞミカル、と。  ──心のどこかで、そんな俺の考えが間違っている気はした。  慣れてきたということは、それだけ心が前よりもミカルを受け入れてきたということなのに──。

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