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第30話恐ろしく前向きな男

「それは……難しいですね」 「だろうな。まあお前の状況を考えれば無理なのは分かっている。諦めろ」 「いえ。私の状況はどうとでもなりますが、私が寝返って助けの手を差し伸べても、魔の者たちはそれを喜ぶと思えなくて……受け取ってもらえなければ意味がありません」  ……大した自信だな。協会での立場には固執していないということか。失うことを恐れない者は厄介だ。退魔師どもが内心ミカルの扱いに困っているのが目に見えるようだ。  そして協会の状況はともかく、ミカルの言葉は理解できる。  確かに散々俺たちを追い詰めた男を、すんなりと受け入れるなどできない。何をやっても裏があると勘繰り、この手を取ることはないだろう。  魔の者はミカルを利用することはできても、信頼することはできない。  その利用するという道も、手強すぎて避けたがる者がほとんどだろう。  だから結局、俺の心をなびかせることは無理だ。  頭のいいコイツのことだ。俺から切り出した時点で察しはついただろう。  しかしミカルは晴れやかに笑い、悩みから抜け出したようなスッキリとした空気を放つ。 「でも険しいながらでも道が見えて心の靄が消えました。まったく可能性がない訳ではない、ということですし」 「……恐ろしく前向きだな。お前は」 「後ろなんて見ていられませんからね。時間が惜しい。どれだけ困難な道でも、意外と進めばどうにかなるものなのは何度も経験しましたしね」  そう言って寝台の縁から立ち上がると、ミカルは俺に手を差し出す。 「ここで話を続けていると妙な気を起こしそうになりますから、ソファへ行きませんか? どうぞ手を……」  この戯れのような話が冗談ではなく、本音だと分かるようになってしまった。  気が変わって押し倒されては敵わない。俺は迷わずにミカルの手を取り、寝台から立ち上がる道を選ぶ。  寝台を抜け出た俺を見て、ミカルが表情を綻ばせる。 「他の魔の者は私の手など取らないでしょうが、カナイは取ってくれる……誤解するなと言いたいでしょうが、本当はこれだけでも十分なんですよね」 「じゃあこれで納得しておけ」 「無理を言わないで下さい。その先を求めたくなるじゃないですか。人間が強欲だということを、貴方もよく分かっているでしょう?」  グッ、とミカルの指に力が加わる。 「私は諦めませんから」  いったいこの男はどれだけ食い下がり続けるきなのだろうか。  厄介な相手に捕らわれてしまったものだと、俺は軽いめまいを覚えながら手を引かれてやる。  ──少し心を見せるだけで、ミカルを都合の良い僕にできるのではないか?  そんな考えがふと浮かび、すぐに自分の中で否定する。  これもミカルなりの駆け引きなのかもしれないのだ。  心を見せた瞬間に食らいつき、今よりさらに引きずり込まれる──油断は誘われまいと気を強く持ち、俺は今日も生きるための糧をミカルから施された。

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