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第34話賭け

   ◇ ◇ ◇ 「ミカルよ、暇つぶしに付き合え」  夜に起床し、いつものように目覚めの紅茶を口にしながら俺は話を切り出す。  俺から提案することは珍しい。ミカルは意外そうに目を見張ってから、にこりと微笑む。 「喜んでお相手しますが、何をしましょうか?」 「盤の遊戯がしたい。何か置いてないか?」 「そうですね……確か使用人がヘカランジを持ち込んで、部屋に置いていたような……」 「ならばそれでいい。何度か遊んだことはある」  本当は一時期、ヒューゴを相手にやり込んでいた。少しでも馴染みが薄いふりをしてミカルの油断を作る──無駄な足掻きかもしれないが、できることはやっておく。  俺の返事にミカルが笑みを濃くする。喜びが全身から漂い出した。 「カナイと楽しめるなんて嬉しいですね! では食事と入浴を終えたら準備しますから──」 「……入浴の前がいい」 「構いませんが、理由を教えて頂けますか?」  純粋に疑問を覚えて尋ねるミカルに対し、俺は唇を湿らせてから答える。 「賭けがしたい。もし俺が勝ったなら、この手を封じる結界石を外せ。自分で体を洗わせろ」 「その提案は頷けませんね。実質、貴方の逃亡を許すことになってしまいますから──」 「もしも俺が負けたら、お前にすべてを委ねてやる。何をされても拒まず受け入れることを約束しよう」  俺がミカルに見せることができる、最大の餌。  時間をかけてでも俺を手に入れたいと望むコイツには、抗い難いものがあるはず。  協会から本格的に目を付けられ、俺を私邸に拘束し続けるのは難しいことなど、ミカルはとっくに見越しているだろう。  時折見せる焦りと昼間の情報収集で、その気配は以前から掴んでいた。加えてクウェルク様の話を聞いて確信へと変わった。  ミカルは口にしないが、俺を口説ける時間は限られている。  案の定、ミカルは口元に手を当てて考え込む。そのまま長考してくれるなら、俺としてはそれだけでもありがたい。 「入浴前がいいというのは、そういうことですか」 「察しが良くて助かる。で、どうなのだ? 賭けに乗るか?」 「……貴方が望まぬことを強要したくはありませんが……迷いはないようですね。覚悟を決めた上でのことでしたら受けて立ちましょう」  短く頷いた後、ミカルはいつものように俺へ喉を差し出す。 「では、先に食事をどうぞ。空腹のままでは上手く頭が回らないでしょう。しっかりと吸われて下さい」  賭けが成立した。もう後には引けない。  緊張を覚えながらも目的が果たせそうな算段がついて、俺は密かに安堵する。

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