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第37話人と魔の者の恋
「今の内に話しておきたいことがあるのですが……遊戯の手を止めて頂いて構いませんので、よろしいですか?」
ミカルの願いを聞き、俺は駒を動かした後に顔を上げる。
「そうやって分けてくれるなら、いくらでも話に応じてやろう。なんだ?」
「実はククとビクトルについてなのですが──」
思わず俺の顔が強張ってしまう。なぜ今その話をする? という困惑をどうにか押し殺し、何も知らぬふりを決め込む。
「……ククがどうした? まさか俺を直接いたぶれないからと、無力なククに暴力を振るっているのか?」
「いえ。それは一切ありませんからご安心下さい。むしろ仲良く談笑しているほどです。ビクトルはこの屋敷から離れずに見張りをしていますから、ククが良き話し相手になっていますよ」
状況はクウェルク様から直接聞いていたが、俺を心配させまいと嘘をついている訳ではなかったと少し安堵する。しかし、
「ただ、仲が良すぎるのですよ。ビクトルがククに向ける目は、まるで恋人を見るかのようで……実際に関係を持っているかもしれません。恐らく合意の上でしょうが、捕虜に対して手を出したことに変わりはありません」
偶然なのか、それとも意図的なのか。今この時に二人の関係を言われて、足元の感覚が消えていく。
動揺すればそれだけ怪しまれる。どうにか平静を装う俺をよそに、ミカルは困ったように眉間を寄せる。
「カナイには申し訳ないと思います。ただ、協会では魔の者と通じることは禁忌。早急に報告しなければ、協会に気づかれた際に私まで罰を受ける……しかし人と魔の者が心を通わせられるという事例を、私の手で潰したくないと思っています」
「……何が言いたい、ミカル?」
「どうか二人の仲を許しては頂けませんか? せめて魔の者の側まで彼らを否定して、追い詰めてしまうことがないよう……お願いします」
まさか二人の関係を否定するどころか、認めるように頼まれるとは……しかも危ない橋を渡ってまで。
俺としてはありがたい話だ。それでも即座に頷くことはせず、腕を組んで考え込む仕草を見せる。
初めてここへ来た時なら、なんの狙いがあるのだと理解できず苦しんでいただろう。
だが今なら心から望んでの言葉だというのが分かる。それだけ俺はこの男を理解してしまった。
この件に関しては俺の答えは一択だ。
小さく唸ってから、ゆっくりと俺は頷いた。
「人の色恋をとやかく言う気はない。ビクトルが我らを傷つけずククを大切にしてくれるならば、それで構わない」
「人と魔の者の恋を認めてくれるのですか?」
「こういうことは当人同士の問題だろう。部外者がとやかく言う権利などない。言ったところで聞きはしないだろう」
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