79 / 87

第70話戦闘の最中

 敵に背を向けることになるがやむを得ない。  俺は腰を落とし、頭を低くしながらミカルの元へと走り出す。  どれだけ鍛錬を積み重ねた強者でも、純粋な力は魔の者である俺に敵わない。  背後の敵を引き離し、ミカルを追い詰めていた奴らに迫り、躊躇なく切り込む。  剣をひと振りして、刃になんの感触もない。  かわされたか。良い動きで感心する。腹立たしいほどに。  振り抜いた直後、力を抜いて刃を翻す。そして踏み込みながら素早く一閃。  これも軽やかに追手はかわす。が──。 「助かります、カナイ」  体勢を立て直したミカルが剣を構え、追手の一人を切りつける。  肩から胸へと筋が入り、「ぐぁ……ッ」と短く濁った悲鳴を上げて、その追手はよろける。  人より過敏な鼻はすぐに血のにおいを嗅ぐ。  吸血鬼の糧である血だというのに、飢えがまったく湧かない。やはりこの血も腐敗臭がする。  においだけで吐き気を覚え、気が遠退きそうになる。やはり体がミカルの血のみしか受け付けない。  顔をしかめる俺に気付き、ミカルが傍へ寄りながら声をかけてくる。 「大丈夫ですか? どこかケガを?」 「問題ない。ただ、こいつらの血が臭くてたまらんだけだ」  俺にとっては死活問題であり、酷い目に合っているのだが、ミカルはこんな状態が望ましそうに微笑む。 「でしたら早急に逃げて、落ち着ける場所で私の血を……こんな所で無駄に流さないよう、気を付けますね」  声は随分と浮かれているが、剣さばきは勢いが増し、ついさっきよりも凄みが増している。俺の一言でやる気に火が点いたらしい。  少し引っかかるが、やる気を出してくれたのはありがたい。  俺たちは背中合わせになりながら、追手たちと剣をぶつかり合わせていく。  心身に辛さを覚えが悲観はない。  二人対多数で未だに逃亡を阻まれるものの、ここさえ凌げれば欲しいものが待っている。互いだけが味方という状況は厳しいだけのハズなのに、ミカルの微笑みが俺にも移ってしまう。  そうして奮闘している最中──俺の目の前から追手が消えた。 「……っ?!」  俺の切っ先はかすめていない。だが勢いよく倒された追手に代わり、大きな影が俺の前に伸びていた。  その影の頭には、大きなふたつの犬耳が生えていた。 「カナイ様、無事ですか!」  俺よりも大柄で、徹底して俺に仕えてくれる我が下僕。  見慣れていたはずの顔がやけに必死で、それでいて喜びも滲んでいる。  息を詰まらせながら俺はそいつの名を呼んだ。

ともだちにシェアしよう!