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第4話 アイドル厚海陽一郎と、一人のファンの出会い(陽一郎視点)

 厚海陽一郎がアイドルになったきっかけは、自発的なものではなかった。  中学時代からの友人であり、グリスタのメンバーでもある明石に、『オーディションを一緒に受けてみないか?』と誘われたからだ。  その頃の陽一郎といえば、新卒で入社し勤めていた会社が倒産。職を失って困っていたところに、この誘いを受けたのだった。  一度きりの人生。これも何かのきっかけだとオーディションを受けてみたら、明石とともに合格。  この日から新人アイドルとして活動することが決まり、バイトをしながらレッスンの日々を過ごすこととなる。やると決めたからには、ちゃんとやり切りたいと思ったからだ。  陽一郎と明石の他に、清水・百瀬・浅木の三人と一緒に、『グリッドスター』としてデビューすることが決まり、トントン拍子で活躍の場が増えていくものだと思っていた。  しかし現実は、そんなに甘くない。事務所が持つ劇場でのライブ公演が、彼らの主な活動の場となったのだが、観客はそう簡単には集まらない。  特に初回の公演は散々な結果だった。メンバーそれぞれが友人知人に声をかけまくって、ようやく十数人集まったかどうかというレベルだった。  このままではいけないと、メンバーたちはネット中心に地道な宣伝活動を始めた。だが拡散力のない彼らでは、宣伝にも限界があり、なかなか観客数は増えない。  ライブをしていても、どこか虚しい気持ちに苛まれるようになってきていた頃。陽一郎は運命の出会いをすることとなる。  ──今日も客席はまばら……。なんて寂しい、……ん?  この日も客席がまばらにしか埋まっていない状況を見て、ライブ開始の挨拶をしながらも、陽一郎は心が重くなっていた。そんな時、ふと一人の男性の姿が目に入った。  その男性はあまりライブ慣れしていないのか、明石の方へ熱心に手を振っている隣の男性と比べると、まさに棒立ちという様子だった。  だが陽一郎と目が合った瞬間、その目が輝くのが分かった。  ステージの光だけではない、この男性の内側からキラキラとした輝きが溢れ出ているような、そんな光。  ──ああ、なんて綺麗なんだろうか……!  陽一郎は、鼓動が高鳴るのを感じる。今までの人生で、あんなにも綺麗なものは見たことがなかった。  その日以来、陽一郎の頭の中に、彼の輝いた目が焼き付いて離れなかった。またあの人に会いたい。その一心でレッスンにもより熱が入る。  ライブ公演をするたびに彼が来ていないか、陽一郎は客席を見渡してしまうようになった。あの時と同じように、キラキラと目を輝かせている彼の姿が目に入るたびに、胸が高鳴った。  それから数ヶ月後、握手会&チェキ会をしてみようとプロデューサーから提案があった。  地道に活動を続けてきた結果、最近ではファンも徐々に増えてきている。そんなファン達からの要望も多くあったらしく、上手くいけば今後も続けていきたいという話だ。  メンバー皆も肯定的だったため、陽一郎も異論はなかった。  ──もしかすると、あの人に会えるかもしれない。会話ができるかもしれない。  イベント開催が決まってから、陽一郎はソワソワと落ち着かない日々を過ごすこととなった。  そしてやってきた、イベント当日。  控室で準備を進めるものの、あの人は来てくれるだろうかと、陽一郎の頭の中はそのことばかりになってしまう。  すると肩に手が触れる感覚がして、思わず勢いよく振り返ってしまう。 「っ……!」 「ごめん、驚かしちゃったな」 「いや、俺こそ悪い。ボーッとしてた」  肩に触れてきたのは、明石だった。申し訳なさそうに片目を閉じつつも、いつもながら笑顔が似合う男だと、陽一郎は心の中で思う。 「なあなあ、ヨウちゃん。緊張してる?」 「ん? そんな風に見えるか?」 「うーん、なんか落ち着かないって感じしてる」 「緊張……、ではないかな」 「俺にも話せない?」  普段明石は陽一郎のことを『リーダー』とか『ママ』などと呼んでいるのに、この時は昔からの呼び名である『ヨウちゃん』を使ってきた。明石なりに、陽一郎のことを気遣っているのかもしれない。  中学からの付き合いのため、二人は十年以上友人として過ごしている。陽一郎が落ち着かない様子であることを、明石には見抜かれてしまったようだ。  他の三人はまだ到着しておらず、控室には二人しかいない。  ──明石になら、話してもいいかもしれないな。 「実は、今日のイベントに来てほしい人がいるんだ」 「そうなんだ。知り合いでも呼んだの?」 「いや、俺のファンになってほしい人だ」 「??? ……どういうこと?」  陽一郎は例の彼のことを話した。初めて見た日以来、ずっと頭の中に焼き付いて離れない、あの綺麗な瞳のことなども全て。 「へぇーー! ヨウちゃんに、そこまで好きになる人ができるとは……!」 「す、好き?」 「だってヨウちゃん、学生時代からずっと恋人とかいたことないじゃん。恋愛には興味ないのかなって」 「恋愛!? いや、俺はあの人のことをそういう目では……!」  ──俺はあの人のことを恋愛対象として見ていた!? いやいや、それは無いはずだ。またあの目で俺を見てくれないかと思いはするが、それ以上の関係になりたいなど……。 「でもさ、また会いたいって思うんでしょ? それを好きって言わずに、なんて言うのさ」 「そういうもの、なのか?」  彼は今の時点では自分を推してくれているかどうかも分からない、名前も知らない男性だ。そんな相手に恋愛感情を抱くなど、今までの陽一郎では考えられないことだ。  だが、明石の言葉が頭の中をグルグルと回って離れない。すっきりとしない気持ちを抱えたまま、イベント開始の時間となってしまった。

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