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第13話 消せない想い
同じ頃の、とあるレッスンスタジオ。
グリスタのメンバーたちが、次のライブに向けてレッスンを行なっていた。
レッスンを開始してからしばらく経ち、陽一郎は膝に手をついて息を荒くしている。
鍛え上げられた肉体を持ち、メンバーの中で一番体力もある陽一郎。一回のレッスンでここまで疲れた様子は、今まで見せたことがなかった。
明らかに普段と様子が違う陽一郎に、メンバーである百瀬が心配して声をかけてくる。
百瀬はキャピキャピとした可愛らしい印象ではあるが、意外にもメンバーのことを気にかけている。他のメンバーたちが聞きにくいことでも、臆せず切り込んでいくタイプだ。
「ママ、なんか今日元気ない? 大丈夫?」
「あー……はは、最近ちょっと忙しくなってきたから、疲れが出たかな」
ファンである友渕との関係が原因で、ここ最近ずっと寝不足だとは言えず、陽一郎は苦笑して誤魔化す。
「今日の陽一郎先輩、いつもより動きのキレが悪い気がします。無理するのは駄目っすよ」
「そうそう。リーダーはいつも頑張りすぎちゃうからさ〜」
そんな陽一郎と百瀬の会話に、同じくメンバーである浅木と清水が入ってくる。
浅木は陽一郎の後輩で、感情が表に出にくく硬派な印象を与える。陽一郎を特に慕っているため、気になったのだろう。
一方の清水は、派手な見た目で軽薄そうな印象を持たれがちだが、グリスタでの活動に対して、一番熱心な人物である。
「ヨウちゃん、今日は帰って休んだほうがいいよ」
そんなメンバーたちの様子を見た明石の言葉に、陽一郎以外の三人も同意する。
「皆、心配かけて悪い。次はちゃんと体調万全にしてくるから」
スタジオを出た陽一郎は、深いため息をついた。
「はぁ……皆に心配かけるとか、リーダー失格だな」
私情でレッスンに支障をきたし、メンバーに心配をかけてしまった。これは反省すべきだと、肩を落とす。
「ヨウちゃん!」
そんな時、バタバタとした足音と、明石の呼ぶ声が聞こえてきた。
「明石……」
「ヨウちゃん、少し話さない?」
「レッスンはいいのか?」
「今は、ヨウちゃんのことが最優先!」
「ああ……、分かった」
休憩スペースには誰もおらず、話をするには丁度良い。
「これ、俺の奢り」
「悪いな、今度俺からも奢らせてくれ」
「いいってことよ」
まるで学生時代に戻ったかのようなやりとりに、陽一郎の口角が上がる。しかし、すぐに気持ちは沈みこんでしまう。
「ヨウちゃん、もしかして友渕さんのことで悩んでるの?」
「……! はは、明石にはバレてたか」
「この間のイベントの後から、なんか変だったもん。俺にも話せない?」
自分一人でこの感情を溜め込んでおくには、限界が来ていた。
陽一郎は苦笑いしていた表情を消し、明石の言葉に応えるように口を開いた。
「あのイベントの後、友渕さんを呼び出して、その……ホテルに行ったんだ」
「え……!?」
なんて大胆なことをするのだと、明石は驚きを隠せない。
そんな驚く明石の表情を見て、陽一郎は「やっぱり俺っておかしいよな」と呟くと、涙を堪えるように天を見上げた。
「前に、明石に頼んだことがあっただろ? 片岡さんに話をさせてほしいから、握手券渡してほしいって」
「う、うん……」
明石は単に握手券を片岡に渡してほしいと伝えただけで、話の内容までは知らなかった。
「俺、友渕さんだけに見せるためのサイトを作ってたんだ。それを直接本人に伝えられないから、噂として友渕さんに伝えてもらえるよう、片岡さんにお願いした」
陽一郎と片岡の間にそんなやりとりがあったことを聞かされ、明石は妙な胸のざわつきを感じた。
イベントや手紙でいつも包み隠さずと言っていいほど、自らの身の回りのことを報告してくれる片岡が、このことに関して一切話すことはなかったからだ。
陽一郎は言葉を続ける。
「自分でも、こんなことするとは思ってなかった。でも最終的に、『ファンサービスでこんなことしちゃダメだ』って言われてしまってさ。俺、あんなことするのは友渕さんに対してだけなのに……。それが伝わってなかった」
「…………」
「やっぱり『アイドルとファン』っていう一線は越えられないんだって、思い知ったよ。その一線を必死で越えようとしていた自分は、何をしていたんだろう、引かれたって当然だ。そう思ったら、まともに眠れなくなってた」
静かに語り、俯いて目を伏せた陽一郎。握りしめられたペットボトルが、ベコッと音を立てる。
「そうだったんだ……」
「今まで誰かを好きになったことがなかったから、やり方を間違えてしまったんだな」
友渕へのアプローチの仕方を、間違えてしまった。陽一郎は後悔する気持ちと、自分で自分が情けなくなる気持ちを抱えていた。
言葉を失っている明石を心配させまいと、陽一郎は無理矢理笑顔を作って、気持ちを誤魔化す。
「……はは、情けない話してごめんな。次のレッスンまでには気持ち切り替えて、ちゃんとできるようにするから」
だがそんな誤魔化しは、長年親友として共に過ごす明石には通用しない。
「ヨウちゃんの『好き』って、そんな軽いものなの?」
「……っ」
「違うでしょ? そんな簡単に切り替えたり、消したりできるものじゃないでしょ!?」
まるで自分のことのように、傷ついた表情を見せる明石に、陽一郎の胸がズキリと痛む。
友渕への想いを、簡単に消せるはずはない。
それほどに陽一郎の心の中には、友渕の存在が大きくなってしまっている。
友渕と出会って、世界が変わった気がした。
自分を全力で応援してくれる友渕の存在は、陽一郎がアイドルを続けている大きな理由になっている。
「明石……」
「あんなに楽しそうにしてるヨウちゃん、今まで見たことなかった! 友渕さんと出会って、ヨウちゃんの世界が変わったんだろうなって……! だから、簡単に消しちゃったりしちゃダメだ」
親友として陽一郎と過ごしてきた明石だからこそ、友渕と出会ってからの陽一郎の様子の変化に気づいていた。
「友渕さんだって、俺でも分かるくらいヨウちゃんのこと大好きだもん。とにかく、もう一度ちゃんと話したほうがいい。そうしないとヨウちゃん、後悔すると思うよ」
「……明石、ありがとな。一人で抱えているには、荷が重過ぎたみたいだ」
「いいってことよ!」
陽一郎の表情は、少しだけスッキリとしたものに変わっていた。
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