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 百合人はハラハラしたが、幸いにも福井はそれ以上言い返すことなく、去って行った。 「ありがとう」  百合人は、南原に礼を述べた。 「でも僕、英語圏にも住んでたよ?」 「あんなの、ハッタリだし。あいつにはそれくらいでちょうどいいんだ」  南原は、にっこり笑った。 「また何か言われたら、俺に言えよな?」 「あ、うん……」  彼は、どうしてこんなに自分に優しいのだろう。百合人は、内心首をかしげた。 「でも僕、そんなに気にしてないから。あいつも美大受験のことでイラついて、僕に八つ当たりしてるだけだろうし」 「……そうかな」  南原が、ぼそりとつぶやく。百合人は思わず、え、と聞き返していた。 「いや、何でも……。そろそろ戻らないとヤバくね?」  時計を見ると、確かに授業時間が終わろうとしている。しかも、次は武道だ。百合人は、あわてて片付けを始めたのだった。  ――あ~、集中できないな。  続く柔道の授業中も、百合人は上の空だった。密かに見つめるだけの存在だと思っていた南原と、思いがけず親しく話すことができた。それだけでなく、福井から自分を庇ってくれた……。  ――嬉しすぎるんだけど……。 「じゃあ、実際にやってみるぞー」  教師の声に、百合人ははっと我に返った。あれこれ反芻しているうちに、いつの間にか技の説明は終わっていた。今日やる技は、背負い投げだ。  ――ええと、ポイントは……。  百合人は、南原の方をチラと見やった。長身の彼は、同じく大柄な生徒と組むようだ。運動神経の良い彼なら、さぞかし技もカッコ良く決めることだろう。 「おい、ぼーっとすんなよ」  ぐいと腕を捕まれて、百合人はとたんに陰鬱な気分になった。よりによって、今日組む相手は福井だったのだ。

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