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 かっと、顔が熱くなる。それを隠そうと、百合人はあわててアポロンに背を向けた。 「花束、ありがとうございました。じゃあ僕はこれで……」  ごにょごにょ言いながら立ち去ろうとした百合人だったが、次の瞬間、とんでもない台詞が耳に飛び込んできた。 「ああ、花のことだが。残りはお前の家に届けさせたから」 「は!? 残りってどういうことです?」  百合人は、ぎょっとして振り返った。アポロンは、こともなげに告げた。 「あの金は、全部花に使ったのだ。ずいぶんたくさん買えたぞ?」  百合人は、さっき彼が見せた札束を思い出した。数十万はあった。あれが全て花束に変わったとすると……。  ――大変だ!  百合人は、一目散に駆け出した。今頃家の中は、花で埋め尽くされているに違いない。 「そんなに急ぐと危ないぞ」  のんびりしたアポロンの声を背に走っていた百合人だったが、その時ふと思い出した。橘が紹介した本に、こんなことが書かれていたことを。 『ヒュアキントスが流した血から咲いた花はヒヤシンスとして知られているが、実際はアイリス(アヤメ属)だったそうだ……』  百合人は、抱えている花束をもう一度見た。メインはアヤメの花だった。  ――やっぱり、アポロンさんが想い続けているのはヒュアキントス……?  さっき言いかけていた『彼』は、ヒュアキントスのことだろうか。そう考えると、得体の知れないもやもやが百合人を襲った。それが何なのかわからないまま、百合人はひたすら走り続けたのだった。                       <フェーズ3:大学時代(後編)・終わり>

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