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 百合人は、目を丸くした。 「僕に、ですか」 「さよう。金は要らないのであろう? 物なら受け取ってくれるかと思ってな」  ぶっきらぼうに差し出され、百合人は何だか可笑しくなった。人間の姿をして、これを花屋に買いに行ったのだろうか。 「ありがとうございます……。あ、そうだ」  百合人は、花束の中から一輪を抜き取ると、アポロンのシャツの胸に挿した。 「アポロンさんにも、差し上げます。花って、癒やしになりますから」 「私が癒してもらう必要が?」  アポロンは、面食らったようだった。 「だって、その……。橘先生は、今浅野君と関係があるわけだし……」  ついこの前まで付き合っていた浅野のあんな場面を見て、ショックではないのだろうか。百合人は密かに心配したが、アポロンは案外けろりとしていた。 「人間に情けをかけられるとはな……。だが案ずるな。別れた相手のことなど、私は気にしておらぬ」 「本当ですか? それなら、いいんですけど」  百合人は、ほっとした。 「ああ。可愛らしい若者であったが、彼とは違う」  ――彼?  誰のことだろうか。気になったが、追及するのははばかられた。ためらう百合人を見て、アポロンはにっこり笑った。 「お前は、優しいな。自分が一番辛いであろうに、私の心配か?」  見つめられて、百合人はドキリとした。  ――いやいや、こんな人にときめくとか、ないから!

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