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第1話
立派な校門の前に差し掛かった時、柳はふと過去を思い出して足が止まった。
明皇学園。平凡な人生を送っていたなら自分には何の関わり合いもなかっただろう、金持ちの甘ちゃんばかりが通う学校。
始まりは二年前、ここの生徒や教師を、オーナーの命令で神嶽が調教し、クラブに出品した。その調教に参加した柳にとって、ここはすっかり馴染み深い場所になってしまっている。
肝心の神嶽は去ってしまったものの、神嶽が在任中に培った信頼やコネクションのおかげで、明皇は今でもたまに人材を攫ってくる良い狩り場となっている。
お客様に楽しんでいただくことは最優先ではあるが、柳自身もそういう青春の汗臭いガキ共や、性欲なんてありませんと言わんばかりの善人面した教師共に手出しし放題という訳だ。どうせなら今から品定めをしていても良いかもしれない。
と、そんな風に下心見え見えの態度でいたからだろうか。ふらりとやって来た、いかにも性欲の欠片もなさそうな幸の薄い教師が柳に声を掛けてきた。
「……不審者?」
不審者か。まあ自分で言うのも何だが、こんな真っ昼間から校舎を眺めて舌なめずりしてる奴がいたら誰だってそう思うはず。
柳の目の前で訝しげに眉を寄せる、白衣の天然パーマの男。それもかなりうねっていて、海藻……そう、ワカメみたいだ。湿気が多い時なんか大変そうだ……。
それに、この白衣……化学教師か何かだろうか? 柳の中では理系というともう蓮見しか出てこないだけに、理系の人間の扱いはわかりづらい。
ぼそぼそ喋るから言葉も少し聞き取りにくいし、喋りが下手というより、独自のリズムで話してるみたいだ。かなりマイペースなんだろう。
「あ? 失礼な。通りすがりのイケメンだよ」
「…………」
柳の冗談(イケメンなのは本当だと思っている)を完全無視で、彼はじっと柳を見つめる。
呆れているのか、不思議がっているのか、よくわからない目だ。だが怒ってはいないように見える。
「……知り合いが前にここに勤めてたから、ちょっと懐かしくなっただけだよ。もう帰るし」
「…………」
そう、決して嘘は言っていない。ここは大人しく引き下がった方がいいだろう、と背を見せると、じぃっと射抜かれるような視線を背後越しに感じた。
ヤクザ同士、いや裏社会の中でもなかなかこう視線が強烈な人間というのは限られている。彼が武器など持っていない善良な人間であることが救いだった。
「ガン飛ばしてんじゃねーよ! じゃあな!」
「…………ふぅん」
──他人を自分のペースに引き込むことに定評のあるこのオレが、逆にこいつにペースを乱されてどうする!?
思ったよりできるな、この教師……そう胸の内でごちながら、帰る振りをして彼の素性を調べ始めた。
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