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出会い

「そこで何してるの?」 「別に…」 「ほらっ、手をこっちに」  目の前には、真夜中の橋の欄干の上をバランス良く歩いている男がいる。飲み会の帰りに一人で夜風に当たりながら酔いを冷ましていると、突然視界に飛び込んできた。落ちたら大変だと慌てて駆け寄ってみたものの、そいつは平然と歩いている。手を差し出してみたけれど、チラリとこちらへ視線を向けただけで、すぐに逸らされてしまう。 「落ちたら危ないから」 「その時はその時だし、あんたに関係ないし」 「関係ないって言われても…。見つけちゃったし…」 「このまま無視して帰れば?」 「いやっ、そんなことできないから…」  サラッと言って退ける男にそう言ったものの、正直いって関わりたくないというのが本音だったりする。だけどここで見捨てて帰ったとして、明日のニュースでもしもの報道が流れたりしたら、間違いなく俺は帰ったことを後悔するはずだから…。 「何があったか知らないけど、そんなとこ歩かなくてもよくない?」 「歩きたい気分なんだから放っとけよ」 「子供じゃないんだから」 「じゃあ、僕がここから落ちたらどうする?」 「縁起でもないこと言うなよ」 「はははっ、災難だよな。どこの誰かもわからない奴なのに」  冗談めいたように笑いながら、降りる気配すらない。何で俺…、見つけちゃったんだろ? 「あんた、名前は?」 「今、そんなこと気にするとこ?」 「気になるんだから仕方ないじゃん」 「人に物を尋ねる時は、まず自分から名乗るもんだろ?」 「あっ、そうか。じゃあ、僕は瀬崎大和。あんたは?」 「真中聡弥…」 「聡弥…。僕を見つけてくれてありがとう」  そう言うと、瀬崎大和は初めて俺の方へと向き直った。もう一度、手を差し出したけれど瀬崎大和は一瞬だけ笑顔を見せると、そのまま川へとダイブした。 「おい、冗談だろ⁉︎」  駆け足で欄干から下を覗き込む。この状況で飛び込むか…? ふざけるなよ…。  しばらく様子を伺っていると、ぷくぷくと水面が動き出した。もしかして… 「瀬崎大和⁉︎」  水面へと浮き上がってきたのは、間違いなく瀬崎大和だった。俺は、その場から走り出すと、河川敷へと向かう。久しぶりだった。学生以来かもしれない。こんな必死になって走るのは…。 「お前、なにやってんだよ⁉︎」 「ふはははっ、必死すぎだし」 「当たり前だろ⁉︎ いきなり飛び込んだりされたら誰だって…」 「まあまあ…」 「ふざけるな⁉︎ 笑い事じゃないし。本気で心配したんだから…」  川から陸へと上がってきていた瀬崎大和に思いっきり怒鳴ると、笑い飛ばされた。さすがの俺もカチンとくる。本気で心配したのに、当の本人は平気な顔をしているし…。 「ゴメン…」 「別に…。それより、さすがに夏だっていっても、このままじゃ風邪引くと思うけど…」 「確かに…、ちょっと寒いし」 「ったく…」  平気な顔していたかと思えば、素直に謝ってこられて、何も言えなくなってしまう。 「瀬崎大和は、家遠いの?」 「近くはない」 「だったら、家来る?」 「迷惑だろ?」 「かなりね。けど、出会っちゃったから…」 「最悪だね」 「ホントだよ。さっ、どうする?」 「ここから近いの?」 「あれだよ」  瀬崎大和の問いかけに、ここから見えているマンションを指差して答える。 「へえ…、あんたボンボン?」 「さあ…」 「まっ、風邪引きたくないし、世話になっても?」 「どうぞ」  こうして、さっき出会ったばかりの危なっかしい男を放っておくことができずに、自分のマンションへと連れ帰ることにした。  マンションまでやってくると、すぐにシャワールームへと向かわせた。とにかく少しでも早く温まった方がいいと思ったからだ。脱水所にそっとタオルと着替えを置きに行くと、シャワールームに映るはっきりとは見えないシルエットに何故かドクンと胸が鳴る。ふるふると頭を振り、急いでそこから脱出する。  出てきたらすぐに温かいものが飲めるようにと思い、生姜湯に少しだけ日本酒を混ぜて鍋にかけていると、しばらくしてガチャッという音が聞こえ、リビングのドアが開いた。 「シャワー、ありがとう」 「おっ、おい、ふ、服…」  入ってきた瀬崎大和は上半身裸で片手にシャツ、もう片方の手でガシガシと髪を拭きながら近づいてくる。思わず顔を逸らすと、 「暑いし…」 「いやいやっ、俺たち友達ってわけじゃないし、その…」 「なに、赤くなってんの?」  覗き込むように問いかけられて、思わず俯いてしまう。その反応を見て『あはははっ』って大きく笑うと、スーッと近かった瀬崎大和が離れていく。 「面白がってる…」 「そんなんじゃないって」 「嘘つけ…」 「でっ、これは?」 「あっ、風呂上がりで暑いかもしれないけど、あんなことあったし、体の芯は温かくした方がいいかと思って…」 「へえ…、作ってくれたの?」 「そう。飲む?」 「じゃあ、もらう」 「すぐに持っていくから、ソファーにでも座っててよ」 「じゃあ、お言葉に甘えて」  そう言って、瀬崎大和はソファーへと歩いて行き、腰を下ろすとタオルを膝に置いて持っていたシャツを着ている。そして俺は温まった生姜湯をカップに注ぎ、運んでいく。 「どうぞ」 「どうも」 「タオル…、預かる」 「ありがとう。これ、いただきます」  カップを手に取ると、そのまま口へと含んでいる。俺は、預かったタオルをハンガーへ掛けに脱水所へと向かった。タオルを掛けると、すぐにリビングへと戻る。 「えっ?」  そこにある光景に、目を疑った。カップには半分くらい残ったままの生姜湯と、ソファーに身を委ねている瀬崎大和が眠っていた。  眠ってしまった瀬崎大和にタオルケットを掛けて、寝顔を見つめていた。よく見ると、キレイな顔をしている。アルコールが苦手だったことは、真っ赤になった顔を見ればすぐにわかった。こんなにすぐ眠ってしまうくらい苦手なら、飲む前に気づいていたはずだから言えばよかったのに…。 「一体、お前は何者?」  突然俺の目の前に現れて、川に飛び込んで、ずぶ濡れになって、俺のマンションに来て、シャワーを浴びて、ソファーで眠っている。まるでこうなる運命だったかのように…。  起きている時は、細長の瞳にキリッとした顔をしているくせに、眠っている表情は幼い子供みたいで、つい触れたくなってしまいそうになる。  気づくだろうか…?  そっと腕を伸ばして、骨格をなぞってみる。すると、眠っていたはずの瀬崎大和とパチリと目が合った。 「あっ…」 「寝込みを襲うつもり…とか?」 「別にそんなんじゃ…」 「ふーん…」  触れていた手は、サッと離して拳を握ったまま胸元にある。気まずい…。 「寝てるのかと…?」 「寝てたよ。さっきまでね」 「俺のせい…だよね?」 「まあね…」 「ゴメン…」 「別に…」 「アルコール、苦手だった?」 「得意じゃない」 「言ってくれれば良かったのに…」 「心配して作ってくれたのに、そんなことできるか」 「えっ?」 「何だよ⁉︎」 「ううん…」  ほんの少ししか入ってなかったのに眠ったってことは、相当苦手なはず…。それなのに、平然とした表情で「得意じゃない」って…。顔だってまだ赤いのに…。  でも、思っているよりもずっとできた人間なのかもしれない。自分がどうなるかわかっていただろうに、人の気持ちを優先してる。なかなかできるもんじゃない。 「ゆっくり寝なよ」 「あんたもな」 「偉そうに…」  お互いにクスッと笑っていた。 「おやすみ」 「おやすみ」  すぐに寝息が聞こえてきた。苦手なのに強がっちゃって…。でも、目の前で眠っている瀬崎大和が何となく可愛いと思ってしまった。どんな奴かも知らない瀬崎大和という名前の男。この出会いが俺にとって特別なものだなんて、この時は知る由もなかった。

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