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消えた平和な高校生活
白黒の景色と血の匂い。
『また 会おうね』
耳に残る悪魔の囁き。その言葉と同時に人間の姿をした悪魔の心臓に剣を刺す。
返り血を浴びた俺の腕の中には、悪魔の毒に侵され浅く呼吸する、お慕いしている大好きな王子……助ける方法はなくて、ただ、手を握ることしかできない。
『アルク、お前は強い……俺がいなくてもじゅうぶんやっていける。これからも国の役に立ってくれ……』
『おまえならできるよ』
嫌だ、死なないで、王子。
『最期の命令だ。俺が死ぬまで、側にいてくれないか……?』
『はい……俺はずっと王子のお側にいます……!』
綺麗な王子の死顔と、冷たい手を握る感触。
『これからも国の役に立ってくれ……』
「ごめんなさい、王子。俺にはできません」
頭でこだまする王子の声にうわ言のように言葉を返し、落ちている剣を手に取り自分の首に突き立てる。
あなたのいない世界で生きていけない、と思いながら。
「ずっと……王子のお側にいます……」
ピピピピピピ……
喉に鋭いものが刺さる感覚と、暗転する視界。
ここでいつも目が覚める。手探りでスマホのアラームを止めた。
「また、あのときの夢……」
何回見れば気が済むんだ。
月1で必ず見る妙にリアルな夢。多いときには週1だし、3日経たず見るときもある。
大切な人が自分の手の中で死ぬ夢。助けることもできずに、冷たくなる手を握り続けて、絶望して最後は俺もーー。
何回見ても慣れることはない、最悪な記憶。
「亜紀! 朝ごはんできてるからね!」
「はーい」
出勤時間の早い母さんがバタバタと玄関を出る音が聞こえた。
「入学式、行けなくてごめんねーー!」
バタンとドアが閉まった。
もう高校生だし気にしなくていいのに。
「早く飯食べて迎えに行こう……」
入学式だってのに、あの夢はタイミングが悪い。気分が最悪だ。
新しい制服に着替え、支度を済ませ、ラップがかけてある朝食を食べ、家を出る。
あの方を迎えに行くため。
「はよ、ひなた!」
「おはよ、亜紀。制服似合ってるな!」
インターホンを鳴らすと、新しい制服を着て、慣れないローファーを履きながらひなたが出てきた。
「ひ、ひなたこそ……!!」
ひなたの太陽みたいな笑顔! ブレザー! セーター!(しかも萌え袖!)
最悪だった気分が一瞬で晴れた。
「お召し物がよくお似合いで……! こんなに大きくなられて……!」
「誰目線だよ」
ひなたのツッコミにハッと動きを止める。
また……やってしまった……!
あまりにも似合ってるから! 新しいお召し物は刺激が強いんだよ! ちょっと袖余ってて着慣れてない感! 中学は学ラン、高校はブレザー! しかも同じ服を着られるなんて……制服文化に感謝!
「ひなたのお母さん目線……? って感じ……?」
脳内での万歳と感動の涙は隠し、そっと誤魔化し歩き出す。
「母さんでもそんな反応しないけど? お前、時々そういう風になるよな。俺のことなんだと思ってんだよ」
「はは……き、気のせい気のせい。ひなたは大事な親友だよ」
隣を歩く察しのいい幼なじみにヒヤリとしながら笑ってみせる。
「ふーん、気のせいね……でも俺もお前のこと、大事に思ってるからな。隠し事とかすんなよ」
これ以上ない嬉しい言葉と、汚れの欠片もない綺麗な笑顔に顔が真っ赤になる。
「あ、ありがとうございます……」
「時々敬語になるのも何で?」
「……癖」
「は??」
幼なじみになって10年経っても、不意打ちされると敬語に戻ってしまう。
栗島亜紀 、今日から高校1年。
隣を歩いている方は幼なじみの呉谷 ひなた。
俺はひなたのことが好きだ。もちろん恋愛感情、ひなたを愛している。
出会ったころ……いや、もっと前から。亜紀として生まれるよりもっと前、今朝の夢が夢じゃなくて現実だったころから。
俺には前世の記憶がある。王子に仕える騎士だったころの。
小学校に入る前、今朝のあの夢を初めて見た。リアルで恐ろしくて悲しくて、泣きながら目を覚ました。血の匂いを思い出して吐いたのを覚えている。
小学校に入学して、隣の席の男の子と目があった。淡い茶色の髪と目。屈託ない笑顔と真っ直ぐで純粋な瞳。
その瞬間に全てを思い出して、腑に落ちた。
あの夢は前世で経験した最期の記憶だ。
どこだかわからない国の王子と騎士と、悪魔。
悪魔の毒に侵された王子が息絶え、王子のいない世界に耐えられなかった俺、アルクが自殺する最悪の終わり。
そして今、目の前にいるのは……お慕いしていた、大好きなクレール王子だと確信した。髪色も目の色も違う、でも絶対そうだと本能が告げた。俺が間違えるわけがない。
「クレール王子……!」
「おうじ?」
王子も、生まれ変わっていたんだ……!
「おれは……あなたに仕えていた、きしのアルクで……」
「あるく?」
「……っ」
大きい目を瞬かせて首を捻っている。
王子は、俺のことを覚えていなかった。
ショックだった。王子にとって俺は、忘れてしまうような存在だったことに。
王子に俺のことを思い出してもらいたかった。あの頃みたいに隣で笑って、信頼してほしかった。
ひなたとは毎日一緒に遊んだ。
身分もなくなり同い年で対等な関係になった俺たちはすぐに友達になって、親友になった。
何も思い出さないまま、そうして過ごしてもう高校生だ。ひなたは立派に育って、前世と変わらぬ端正な顔立ちになっていた。
「どした? 亜紀、ぼーっとして。入学式緊張してんのか?」
「してないって。ひなたこそお父さんとお母さん来るんだろ? 新入生代表、いいとこ見せないとな」
「ただ文章読むだけなのに、いいとこ見せるもなにもないだろ」
中学では生徒会長、そして高校で新入生代表。
ひなたは頭もよくて顔もよくてみんなに頼られている。誇らしかった。王子のときから変わらない。
ひなたの愛らしい笑顔と同時に、あの景色も思い出す。冷たい地面の上で、俺ひとりの腕の中で、毒にうなされてあっという間に死んでいく、凄惨な……
真っ直ぐで誠実で、みんなから愛されていた王子の最期が、あんなものになるなんて思ってもいなかった。
前世を思い出したら、あの最期も同時に思い出すことになる。中学生のとき、それに気づいた俺は前世の記憶を思い出させないように動くようになった。
今、ひなたが幸せならそれでいい。思い出してほしいってのは俺の都合に過ぎない。信頼した騎士のことは忘れても、親友としてひなたの側にいられるだけで構わない。
俺は隣でひなたを守り、平和な現代日本で幸せな日々を過ごしてもらう! そう決めた!
……というかそもそも、俺はクレール王子に言われた『国の役に立ってくれ』を守れず自ら首を切った……
こんなこと知られたら絶対怒られるし、愛想を尽かされるに決まっている。
前世を思い出してから何度も王子を守れなかった自分を悔いた。未練……だからあの夢を何千回も見るんだろう。
もう、あんな目には遭わせない。
俺の命に代えても守るから。
「楽しみだな、高校生活。……ってなにガッツポーズしてるんだ? 気合い?」
「そう、これは気合い……!」
前世の記憶が混同して、ひなたを驚かせてしまうことは多々あった。
気をつけてはいるけど、そのまんまなんだよ。二度と会えないと思った、死に別れた大好きな王子がいる。
前世は現代日本とは全く違う世界だった。西洋文化だったのは間違いないが、剣とか魔法とか、魔物がいて……現代日本から見れば本に出てくる世界みたいな。
そう、あの憎き悪魔がいる世界。
黒い羽としっぽを生やしていて、身体を切り裂いても楽しそうに笑う……不気味な……
……羽根?
ーーカラスのような不気味な黒い羽根が、俺とひなたの目の前に落ちた。
「おはよう、王子サマ、騎士クン」
「その、声……ッ」
背筋が凍る。
夢で何度も見た。忘れもしない、あの声。
目線をあげると、赤黒い髪と瞳、透けるぐらい白い肌、同じ人間とは思えないほど綺麗に整った顔の男が立っていた。
信じられない光景に心臓がドクドクと脈を打つ。
「なんでここに……」
「やっと、また会えたね……♡」
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