2 / 19
憎き悪魔は笑う
頬を赤く染めながら胸に手を当てお辞儀する男は、あの憎き悪魔だった。
真っ黒な羽もしっぽもないけど、顔と声は全く同じだ。しかも何故か俺たちと同じ制服を着ている。
「あら、驚きすぎて声も出ないか~ハハハ」
あっけらかんと笑う悪魔。
あの時、俺は確かに殺したはず……! 夢の映像が頭をよぎる。肩から腹までを切り裂き、最後は心臓に剣を突き立てた。
「……殺したって思ってるかもしれないけど、あんくらいじゃ死なないよ。まあ多少復活に時間はかかったけど。いい一撃だったよ、騎士クン♡」
「じゃあもう一度……っ」
現代日本に武器はない。刃物も銃もない。だからひなたを守るためにひと通りの格闘技と剣道は身につけた。それで倒せるか……!? いやそのために強くなったんだ……ひなたを失わないために!
思考を巡らせながら棒でも落ちていないかと辺りを見回していると、くい、と服の裾を引っ張られた。
「亜紀の知り合いか? 同じ制服だし、同級生?」
「っ、えっと……ひなた、これは……」
それどころじゃないんだよ!!
「む?」
悪魔は首をかしげた。まずい。
じりじりと寄ってくる悪魔とひなたの間に入る。
「もしかして覚えてないの? 王子サマ」
「王子ってなんだよ……? それにお前と会った覚えもないが」
「へぇ……♡」
悪魔はおもちゃを見つけたみたいに目を輝かせ、俺とひなたを見比べた。そしてニヤリと口角を上げた。
「何も思い出していない王子サマに教えてあげよう。あんたはむかーし、ここじゃないどこかの国の王子で、俺に簡単に毒殺され……むぐ」
王子はこいつに噛まれて毒を入れられた。牙には触れてはいけない。悪魔の顎を鷲掴み、頭を固定させてひなたから引き離す。
「ひなた、こいつとは昔、剣道の試合をしたことがあるんだ。ちょっと話があるから待っててくれ」
「おう……?」
ひなたに見えないように、悪魔を突き飛ばす。今すぐ殴りかかりたいが、ひなたがいる。暴力はダメだって俺が怒られることになる。
「はー、容赦ない。素晴らしい美貌のこの俺の顔を力いっぱい掴むなんて、あんたしかできないだろうね」
悪魔は赤くなった頰をさすった。
「王子サマにはナイショにしてるんだ。あんたはそれでいいの?」
「お前には関係ない。俺はあの時確かに殺したはずだ。何で此処にいる……呑気にへらへら現れやがって、次は徹底的に殺す。骨の髄までミンチにしてやる」
ひなたに聞こえないよう小声で話す。
「うわっ、口悪……俺と戦ったときそんなじゃなかったよね。もっと寡黙で王子サマに従順な騎士だったじゃん。現代仕様?」
「うるせぇ、ベラベラよく喋りやがって。まずは舌でも切り落とすか?」
「ふふ、そんなことしていいの? ここ日本で殺しは犯罪だ。俺を殺してもその後あんたは刑務所行き。だーい好きな王子サマとももう会えない。拷問道具もそうそう揃わない。簡単には殺せない」
俺の考えを見透かしたように舌を出す。
「……お前は悪魔だ。遺体は残らないだろ」
「完全に殺したら残るよ。死んだら悪魔の力は消えるからね。ミンチになった変死体の発見だ。それにこんなに人間がいて、監視カメラも至るところにある。誰にも目撃されないなんてけっこう難しいんじゃない?」
こいつは、俺が今すぐに殺せないことをわかって揶揄っている。
「……怖い顔。安心してよ、今回は殺さないから」
「は……?」
笑いどころじゃないのに、ニヤニヤと笑う悪魔に顔を歪める。やっぱり今すぐぶん殴りたい。我慢だ、我慢……! ひなたの笑顔を思い浮かべて拳を鎮めた。
「理由は2つ。現代日本は窮屈だ。法に守られて、魔物の力なんて信じられていない。謎の毒成分が~とか、犯人像や犯行同期は~とかで、あんたらを殺した方がめんどくさいことになる。俺にもリスクはあるんだよ」
「じゃあ来なければいいだけの話だろ」
面倒そうに肩をすくめた後、赤い目を光らせた。
「それはもうひとつの理由が大きいから。俺はあんたらに興味がわいた。あの時はすっごくおもしろかったからね」
おもしろかった……?
「何が……っ! 王子が死ぬところが? 人が死ぬのをおもしろいだって……!? ふざけるな!」
それでも笑う悪魔の胸ぐらを掴む。ひなたには角度的に見えてないはずだ。
「魔物と人間じゃ価値観が違うんだよ。魔物は簡単には死ねない。人間はすぐに死ぬけど生まれ変わって別の生命として生きる。そういうもんなんだよ」
「チッ……」
再び突き飛ばす。これ以上言い争っても無駄だ。
「また会おうね、って言ったでしょ。忘れちゃった?」
妙に耳に張り付いた、あの言葉。
ごくりと喉を鳴らした俺を見て、悪魔は肯定と捉えたようだ。ふふ、と笑いながら話を続ける。
「あんたらの信頼関係は本物だった。主人の言葉に奮い立ち、何倍も強くなれる騎士……生まれ変わってもきっと近い関係になるって思ったんだ。だからこうして人間の姿で会いに来ちゃった。ほら見て、牙も羽もしっぽもないし、耳も長くない」
悪魔は順番に体を見せつけてくる。
少しだけ長い犬歯と尖った耳以外は人間そのものだ。
「ね、どこからどう見てもただの人間でしょ? ま、そういうことで、あんたらのこと襲ったりしないよ。信じてくれる?」
「悪魔のことを信じられるわけないだろ」
「はは、ひどーい」
会いに来ただけとは思えない。こいつは王子の仇。すぐに本性を表してひなたや周りの人間を殺すに決まっている。なら、その前に俺が……!
「亜紀、……と赤髪の人」
ひなたの声に我にかえる。
「話まだ時間かかるか? 俺、入学式のリハあるからそろそろ行くな。じゃ、ごゆっくり」
腕時計はいい時間を指していた。
「ごめん待たせて! 俺も行く!」
ひなたのきめ細やかな手を握り、悪魔を振り払い走り出した……
「ってなんでついてくるんだよ! どっか行け!」
はずなのに、悪魔は隣を並走していた。
「制服見てわかるでしょ。俺も同じ学校に入学するんだ」
「はあ!?」
「おっ、やっぱそうなのか。よろしくな!」
「うん、よろしくね。王子サマ……♡」
2人は俺を挟んで走りながら軽快に喋り出す。
ひなた! こいつは、こいつは貴方の死因なんだよ……!
「その王子様ってのやめてくれないか? 王子とか訳わかんないし。俺は呉谷ひなた。お前は?」
「ひなたくん……いい名前だね。俺は桜花 魔斗 」
なんで一丁前に自己紹介してんだよ……!
「亜紀くんも、これからよろしくね」
企んだ笑顔を浮かべる悪魔を睨みつけた。
「誰がお前なんかとよろしくするか! お前は絶対俺が……!」
「剣道の試合で桜花に負けたりしたのか? 因縁の相手的な?」
「いや、そのとき勝ったのは俺だけど……こいつの存在が気に食わない」
「え~~仲良くしようよ、亜紀くん♡」
肩をつんつんと突かれたのを勢いよく振り払う。
「亜紀、ダメだぞ。ちゃんと仲良くしないと」
「ぐっ……」
「あはは! 怒られてるう」
くそっ、誰のせいで……!
「そういう関係も見てておもしろいね。あんたらの行く末が楽しみだ」
ともだちにシェアしよう!