3 / 19
ふたりきりの教室
前世で騎士だった俺は現代日本にごく普通の一般家庭の一人息子、栗島亜紀として生まれ変わった。
仕えていた愛するクレール王子は悪魔の毒で命を落とした。その王子も呉谷ひなたとして同じ世界に生まれ変わり、俺はひなたの幼なじみとなった。
本日は晴れて高校の入学式。
朝からブレザー姿のひなたを拝んで感動の涙を流し、ひなたと過ごす楽しい高校生活が始まる……
はずだったのに。
俺は何故か王子を毒殺した仇である悪魔と教室で2人きりになっていた。
遡ること数十分前……
「あっ、亜紀と同じクラス!」
「ほんとだ! めちゃくちゃ嬉しい!」
「俺も嬉しいよ」
声高に喜ぶと、100000000点の笑顔が返ってくる。眩しい。
火照る身体が止まらない。これで1年間ひなたとずっと一緒にいれるし、守れる。
昇降口に張り出されたクラス割を心の中で拝んだ。
現代においてクラス替えは厄介でしかない。幸い小中高と離れたのは1回だけだったけど。その時は大変だったな……主に俺の精神状態が。
「俺もおんなじだよ」
「……は?」
隣で同じくクラス割を見た悪魔はにっこりと笑う。舞い上がった気持ちは一気に冷めていく。俺の気持ちとは裏腹にひなたの表情はぱっと明るくなった。
「お前もか! じゃあ一緒に教室行こうぜ」
ひなたは足取り軽く廊下の表示を見て1年の教室の方へ歩いていく。
ひなたは率先力がある。人を引っ張っていくのが上手い。王子のころからそうだ。いつのまにか先に先に進んで、そのまま何処かに行ってしまいそうな危うさも感じる。
慌てて追いかけながら悠長についてくる悪魔の方を振り返る。
「お前、クラス割仕組んだろ」
「さーてどうでしょうねえ」
このはぐらかし方、絶対仕組んでやがる……!
こいつは毒以外にも何か力を隠し持っているはずだ。悪魔のことはわからない。あの時初めて遭遇したし、能力を知る前に倒したからな……
「ふふ、人間の高校生活かあ……楽しみだな」
「なにが……!? どこが……!?」
「仲良く!」
階段を上りながら振り向いたひなたの声に、掴みかかろうとした手を止めた。
「おっ、1番乗り! ってリハのために早めに来たから当たり前だけど」
意気揚々とドアを開けて楽しそうにしてるひなた、めちゃくちゃかわいい……
「亜紀までわざわざ一緒に来なくてよかったのに。もうちょっと寝れたぞ?」
「俺が一緒に来たかったからいいの」
「そっか~亜紀はほんと俺のこと好きだなあ」
!?!?!?!?
「ゲホッ ゴホ……あ、はは……うん……」
勢いでむせた。なにその顔……!
いや、ひなたが言ってるのは親友として、だ。バレてない、俺の好きが前世から続く恋愛感情だってのはバレてな……
「動揺えげつな。わかりやす。俺がいることも忘れないでね~♡」
揶揄いながら俺とひなたの間に割り込んでくる。悪戯に舌を出す様が鼻につく。
めちゃくちゃいい雰囲気だったのに! こいつ、マジで邪魔……!
「あっ、俺そろそろ体育館に行かないと。亜紀、この荷物俺の机に置いておいてくれ」
「えっ」
「集合時間までまだあるし、ゆっくり2人で話してろよ。せっかく同じクラスになったんだからさ!」
こいつとふたりっきり!?
「待っ、ひなた……!」
「じゃあまた後で!」
「いってらっしゃ~い♡」
ーー爽やかな笑顔で手を振るひなたを見送り、今に至る。
「座る席まで決められてるのか……人間ってルールに縛られて面倒だと思わない?」
「決められていないと逆に面倒なこともある」
席順は黒板に書かれていた。俺は窓側から2列目の後ろから2番目。ひなたが1番後ろ。栗島と呉谷、出席番号に並ぶと俺とひなたは必ず前後になる。それも運命だと思っている。
「新入生代表ね……生まれ変わっても優秀なんだ。あんたのご主人サマは」
「何様だ。王子とひなたのこと何も知らないくせにでかい口を叩くな」
悪魔は当たり前のように俺の左後ろ……ひなたの隣の席に座った。
「お前がひなたの隣とか最悪……マジ滅べ、ひなたに何かしたらただじゃおかない」
「殺さないって言ってるじゃん。俺の名字、桜花なんだから近いに決まってるでしょ」
「それも仕組んだな……!?」
どうだか、とイスの背にもたれかかり、ニヤニヤと笑っている。
「桜花、なんて綺麗な名字を悪魔が気まぐれで使うな。桜が可哀想だ。死んで償え」
「ほんっと王子サマのいないところでは口悪いんだから。だって綺麗だったんだもん、いいじゃん」
悪魔は頬杖をつき窓からグラウンドの向こう……風に揺れて散っている桜を見つめていた。
「空気も澱んでて人間も多くて嫌な場所だって思ったけど……桜は綺麗だ。俺、気に入っちゃった」
「悪魔でもそんなこと思うんだな」
「すぐ散っちゃうところも、人間の儚い命みたいで好きだなあ」
殴るのを我慢して頰を思いっきりつねってやった。陶器みたいに白い頰はよく伸びた。
「桜に謝れ」
「ひひゃいひひゃい! あふまれもひゃんとつうかくはあるんらよ!(悪魔でもちゃんと痛覚はあるんだよ!)」
「殴らないだけマシと思え」
「殴れないの間違いでしょ! せんせーに見られたりしたら退学になっちゃうもんねえ!」
肌が白いから赤くなった頰がよく映えていて、ざまあみろと思ったが、それもすぐに治っていた。
「そういえば……前にあんたたちのいた世界も、花が綺麗だったね」
「お前に言われると腹が立つな。本当に何様だ」
「綺麗なもんは好きなんだよ。だから覚えてる」
あの王国は、花がたくさん咲いていた。
城下町の花壇にも、町の外にも。花を売っている店もたくさんあった。今となっては花の種類は思い出せないけど……
もちろん城の中にも大きな庭園や温室があり、たくさんの種類の花があった。
クレール王子は花がお好きだった。花を見る王子の可憐な笑顔といったら……
「ねえ、浸ってるとこだけど、せっかく2人きりになれたんだ。王子サマの前じゃ話せないことを話そうよ」
ともだちにシェアしよう!